日本サッカー殿堂
掲額者
田嶋 幸三TASHIMA Kohzo
特別選考 2026年第22回日本サッカー殿堂入り

- 1957年11月21日 熊本県生まれ
小学1年生のとき1964年の東京オリンピックを観戦したことを機にサッカーに関心を持ち、中学校では仲間と共にサッカー部を立ち上げ、本格的にサッカーを始める。埼玉県浦和市立南高校の3年時には主将として全国高校サッカー選手権大会優勝を果たした。教員・サッカー指導者を志して筑波大学に進学。大学3年時に日本代表に選出されFWとして活躍、国際Aマッチ7試合に出場した。
卒業後は古河電工に入社し、同サッカー部でプレー。1980年から1983年までの間に日本サッカーリーグ(JSL)39試合に出場し、6得点、3アシストを記録。
現役引退後、本格的にコーチ学を学ぶため、西ドイツ(当時)にあるケルンスポーツ大学に留学。1960年から日本代表のコーチを務めたデットマール・クラマー氏の下で研鑽を積み、西ドイツサッカー指導者資格B級ライセンスを取得。1996年にはJFA公認S級コーチライセンス(現、JFA Proライセンス)を取得した。
1999年にU-16/17日本代表監督に就任し、2001年にはU-17日本代表を率いてFIFA U-17世界選手権大会(現、FIFA U-17ワールドカップ)に出場。2002年にはU-19日本代表監督を務めた。
同年にJFA技術委員長に就任。JFAアカデミー福島の創設に携わり、開校した2006年から2012年まで同アカデミーのスクールマスターを兼務。その後、JFA専務理事、副会長を歴任し、2016年には、JFA史上初となる会長選挙を経て第14代会長に選出された。同年に発生した熊本地震では被災地の復興支援に尽力。2020年以降の新型コロナウイルス感染症拡大下においては、全国のサッカークラブなどサッカーファミリーの救済に取り組んだ。また、JFAの登録制度改革や組織改革を推し進め、新たな時代に向けて日本サッカーの基盤再構築に力を注いだ。
2015年から国際サッカー連盟(FIFA)理事(2016年からはFIFAカウンシル)を務めるとともに、アジアサッカー連盟理事や東アジアサッカー連盟会長、日本オリンピック委員会副会長などを歴任。世界およびアジアのサッカー界の発展に尽力するとともに、日本スポーツ界の発展にも貢献した。





