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日本サッカー殿堂

掲額者

今西 和男IMANISHI Kazuo
特別選考 2026年第22回日本サッカー殿堂入り
IMANISHI Kazuo
1941年1月12日 広島県生まれ

広島県立舟入高校でサッカーを始め、東京教育大学(現、筑波大学)卒業後に東洋工業(マツダ)に入社。東洋工業サッカー部のDFとして日本サッカーリーグ4連覇に貢献し、日本代表にも選出された。
現役選手引退後は一旦、社業に専念したが、1982年、「サッカーどころ・広島」の伝統を継承するとともに、低迷したマツダサッカー部の再建を担うべく、監督としてサッカー界に復帰。その後、同サッカー部のJリーグ参入やサンフレッチェ広島の創設に大きく貢献した。
日本サッカーにおけるゼネラルマネージャー(総監督)の草分け的存在として、プロサッカークラブやチーム運営の基盤を確立。また、アカデミーを整備し、育成した選手をクラブの中核に据える「広島モデル」を構築するなど、他のクラブに範を示した。さらに、選手の発掘・育成、指導者養成にも卓越した手腕を発揮。後に日本代表監督となるハンス・オフト(オランダ)、1994年のJリーグ1stステージ優勝に導いたスチュアート・バクスター(イングランド)ら優れた外国人監督を招聘し、広島のみならず日本サッカー界全体の発展に寄与した。また、現日本代表監督の森保一をはじめ、風間八宏、小林伸二、松田浩、高木琢也、森山佳郎ら、後に優れた指導者として活躍する人材を多数送り出したことも高く評価される。
1997年にJFAの強化委員会(現、技術委員会)の副委員長に就任。日本が初出場を果たした1998年のFIFAワールドカップフランス大会や自国開催となった2002年日韓大会の日本代表チームを支えた。
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