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「子供の笑顔は未来へのパス」東日本大震災から10年~リレーコラム 第12回~

2021年03月31日

「子供の笑顔は未来へのパス」東日本大震災から10年~リレーコラム 第12回~

東日本大震災から、10年のときが経ちました。国内外から多くのサポートが寄せられ復旧が進んだ一方で、復興にはまだ長い道のりが残されています。それぞれの立場で、東日本大震災とこの10年間にどう心を寄せ、歩んできたか。ここではサッカー関係者のエッセイやコラムをお届けします。

第12回は、「JFA・キリン スマイルフィールド」「JFA・キリン ビッグスマイルフィールド」の活動に関わられたキリンホールディングス株式会社ブランド戦略部の矢野真梨さんです。

東日本大震災が発生した2011年3月11日から3カ月後、キリングループは〝絆を育む〟をテーマに『復興応援 キリン絆プロジェクト』を発足させました。公益財団法人日本サッカー協会(以下、JFA)と共催で同年9月から始めた「JFA・キリン スマイルフィールド」(以下、スマイルフィールド)というサッカー教室も同プロジェクトの一環として行われたものです。11年9月から17年3月末まで、岩手、宮城、福島各県の小学校を対象に693校、10万人以上の子供たちが参加してくれた「スマイルフィールド」と、それに続く「JFA・キリン ビッグスマイルフィールド」(以下、ビッグスマイルフィールド)について、お話したいと思います。

私が「スマイルフィールド」に関わるようになったのは15年からですが、立ち上げに携わった先輩たちの話はいろいろと聞いています。最初に取り組んだのが、被災された方々が本当に何に困られているのか、丁寧にヒアリングすることでした。被災した東北各県の教育委員会や小学校の先生方から、お話を伺う過程で「避難生活の中で子供たちは身体を動かす機会がめっきり減り、とても窮屈な思いもしている」「なかなか笑顔も見られない」といった声が耳に入ってきました。ならば、そういう場所にサッカーを通じて、コーチたちと一緒に楽しい時間を過ごせたら、少しは子供たちが元気を取り戻してくれるのではないか。芽生えたアイデアを元に、JFAの皆様と一緒に被災地のために何ができるかを検討し、実行に移したのが「スマイルフィールド」というわけです。被災地の小学校を巡回してサッカー教室を開くとなると、教育委員会や先生方のご理解とご協力、各県のサッカー協会関係者のサポートも必要不可欠でした。趣旨を十分に説明して、ご理解をいただいてから、やってみたいと手を挙げてくださった小学校から順番に回るようにしました。

第1回は11年9月1日、仙台市立東宮城野小学校で実施し、元サッカー日本代表の秋田豊さん、小島伸幸さん、中西永輔さん、名良橋晃さん、岩本輝雄さんにコーチとして参加していただきました。最初は身構えていた子供たちもコーチたちと一緒に無我夢中でボールを追いかけるうちに、みるみる元気になり、帰るときには「もう帰っちゃうの」「また来てね」とコーチたちを取り囲むくらい打ち解けたそうです。一度体験すると、有意義に時間を過ごせたことを先生方も認めてくださり、それが口コミで広がって「うちでもやりたい」と手を挙げてくださる小学校が増えていきました。希望する小学校は必ず回ろうと活動を続けるうちに、参加者が10万人を超えるまでになったのでした。

この試みは17年9月から「ビッグスマイルフィールド」へと装いを新たにしました。子供たちとサッカーを楽しむこと自体は変わりませんが、フィールドを小学校から地域全体に広げ、もっと大きなコミュニティーで楽しめる活動にしようと考えたのです。11年から始めて7年目でシフトチェンジしたのは、被災地の環境の変化も手伝っています。スマイルフィールドの本来の目的は、震災の影響でつらい思いをしている子供たちに一時的にでも心身を解放する場所を提供したいということでした。しかし、震災のダメージからの復興は同じ被災地でも差があり、小学校によってはいわゆる体育の授業の一環としてシンプルにサッカー教室をやってほしいというところもあれば、まだまだ復興は道半ばでこれまでと同じように特別な時間や空間をつくってほしいというところもありました。その違いに対して、私たちは改めて何ができるのか、どうすることが復興の応援としてふさわしいのか、いろいろと悩みました。

スマイルフィールドを6年続けたことの学びとして、改めて確認したのは、子供たちの笑顔はパスのように大人に連鎖するということ、そして大人に連鎖した笑顔は地域のいい雰囲気づくりにつながる、ということでした。それで学校という単位にとどまるより、地域全体を笑顔で盛り上げる必要があるところに行くという方向にかじを切ったのでした。開催する単位が学校から地域に広がったことで、今度は自治体など行政の皆様に本当にたくさんのご支援とご協力をいただくことになりました。自治体の方に「こういうことを考えている」「こういうことをしたい」と相談すると、場所の提供であるとか、こういうところが力になってくれるよとか、たくさんの人、企業、店を紹介され、準備の段階から人と人のつながり、絆の大切さを気づかせていただくことになりました。ビッグスマイルフィールドではサッカー教室を開くだけでなく、大人も楽しめるようなサッカーアトラクションも用意し、その土地ならではの味を楽しめるマルシェなども設けました。その地域の良さを再確認するという目的に賛同してくださり、自らブースを出して地域の特産品や「おらが村のおいしいもの」を振る舞ってくださった方たちの実行力には感謝しかありません。地域のみんなが、一つのチームになって、イベントを盛り上げ、楽しいものにする。そういう熱い思いがなければ、到底できなかったと思っています。

振り返ると、ゼロから組み立てた活動なので、常に「これで本当に正しいのか」と自問自答していた気がします。被災地の方たちを元気にするという考え自体が、そもそもおこがましいのではないかとか。ぶれそうになる時は、現地の人に絶対に迷惑をかけないこと、本当に楽しんでいただけるものにすることを軸にして乗り越えてきました。この活動に関しても、JFAとキリングループは「ひとつのチーム」という形で取り組ませていただいたと思っています。スマイルフィールドからビッグスマイルフィールドに転換するとき、私たちの中でも、方向性も含めて「これでいいのかな」という大きな葛藤がありました。これで本当に今までの価値を守れるのか。きちんと真意が伝わるだろうか。この活動を通して何を目的に何を達成したいのか。その目指すべきゴール、目的はこのやり方でかなえられるのだろうか。そういう悩みはすべてJFAの担当者の方たちと共有し、議論を重ねながら、形としてより良いものになっていったと感謝しています。

個人的なことで恐縮ですが、私自身もこの活動を通じて、いろいろなことを学べました。「いいことをしよう」「困っている人をサッカーで元気に」という気持ちはもちろん大事ですが、実際に行動に移す際には相手に寄り添って相手が何を欲しているのかに真摯に耳を傾ける。そこから全てが始まるということを個人的にはすごく感じました。そこで今、何が起きているのか、現状はどうなっているのかをフラットな気持ちで感じとること。その上で、自分たちにできることとうまくマッチングさせられたら、新しい価値が生まれるということを学んだ気がします。そして、改めて思うのは、サッカーの力のすごさです。最初にあった、見知らぬ者同士の距離が、一つのボールを追いかけることで、大人と子供、子供と子供の間でも、ぐんぐん縮まっていく。心も体も躍動していく。120%の笑顔で返してくれる子供たちの、その元気だったり、楽しむことへの貪欲さだったり、前に進む力に接するたびに「きっと大丈夫」と明るい希望を持つことができました。そういうエネルギーを引き出すサッカーの力は「さすが」という感じで、本当に印象的でした。

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