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「子どもたちの笑顔に、指導するということが何であるかを教わった」東日本大震災から10年~リレーコラム 第4回~
2021年03月18日
東日本大震災から、10年の時がたちました。国内外から多くのサポートが寄せられ復旧が進んだ一方で、復興にはまだ長い道のりが残されています。それぞれの立場で、東日本大震災とこの10年間にどう心を寄せ、歩んできたか。ここではサッカー関係者のエッセイやコラムをお届けします。
第4回は、2013年1月から2016年1月末まで、JFA復興支援特任コーチとして活動された手倉森浩さんにお話を伺い、当時を振り返ります。
手倉森浩には、強く印象に残っていることがある。JFA復興支援特任コーチを、前任の加藤久から引き継いだのは2013年1月。その活動当初に、被災地で見た光景が今も鮮明に思い出される。
支援活動でサッカーをするためには、本来ならばボールやマーカーなど、最低限の用具が必要だ。ところが訪れた場所には、何もなかった。手元にあったのは、ただ1個のボールだけ。できる事はゲームに限られていた。ただ、幸いにも子どもたちに一番人気があるのがゲームであることも事実だった。
何の説明をすることもなく、広場にボールを投げ入れた。そして手倉森は一言だけ声を掛けた。「みんな、やるぞ」と。しばらくすると子どもたちに大きな変化が表れた。震災で辛い思いをしたはずの子どもたちの表情に、見る見る笑みが浮かんできたのだ。顔を真っ赤にし、汗をかき、本当に楽しそうに。
「ボール1個ですよ。それでみんなが笑顔になる。言葉はいらなかったですね。サッカーが子どもたちと自分をつないでくれた。サッカーの持つ力のすごさを感じるとともに、それに携われることに自分自身幸せを感じました」
青森県五戸町出身。太平洋沿岸部の住宅や国内有数の漁業施設などに大きなダメージを負ったが、幸いにも故郷青森県の人的被害は少なかった。しかし、現役を終えてからの指導者としての活動の場は、モンテディオ山形やベガルタ仙台。住居を構えていたのも仙台ということもあり、甚大な津波被害にあった宮城県や東北地方には、特別な思い入れがあった。そのような中、日本サッカー協会(JFA)から要請された、サッカーを通した被災地支援の活動を断る理由はなかった。
震災直後の混乱時とは異なり、既に2年が経過した被災地は、徐々に日常生活を取り戻しつつあった。手倉森が各地を回る中で、ほとんどのチームが活動をできる状態になっていた。各方面からの支援でウエアやシューズ、ボールなどは、一通り行き渡っていた。ただ、一つだけ足りないものがあった。津波などで失われたゴールだ。多くの場所で「ゴールが欲しい」という声が聞こえてきた。
活動に使える予算。それがいくらあるのかさえも分かっていなかった。そのような状況で手倉森は、要望があれば「分かりました。じゃあ、JFAやJリーグに言っておきます」と安請け合いをした。本来は自分の一存だけでは決められない案件のはずだった。それでも子どもたちと、一度約束したことを破ることはできない。大人が動かなければいけなかった。その協力・支援をしてくれたのがJFAでありJリーグだった。2014年3月末、被災地域の試合や練習環境の充実のため、各地域にサッカーゴールの寄贈が行われることとなった。
しかし、支援活動のすべてがうまくいった訳ではない。時に心が揺れ、頭を悩ませることもあった。当初の活動場所は、仮設住宅も建てられているグラウンドの片隅が多かった。
「そのような環境でサッカーをしていると、『うるさい』と怒る大人がいるんですよね。子どもたちが笑顔でやっているのに。そういう大人を見ると、すごく悲しくなるんですよ。でも考えてみると、大人の人も仮設にいるということは大変な思いをしたんだなと。文句を言いたくなる気持ちも分からなくもない。そういう難しさはありました」
山形や仙台の指導者時代、手倉森は厳しめの指導を行っていたという。それが特任コーチを始めてからは考え方が180度変わった。震災で被害を受けた子どもたちにかける言葉選びを意識するようになったからだ。怒ってはいけない。逆に良いプレーは褒めることを心掛けた。
「人を褒めることによって、自分自身も心地良さを得られるんです。指導というのは厳しく言うだけじゃない。被災地の子どもを教えに行ったはずなのに、逆に子どもたちの笑顔に、指導するということが何であるかを教わった。自分自身、人生ごと救われた感じですよ」
2016年2月、手倉森は復興支援特任コーチから、JFA地域ユースダイレクター兼JFAトレセンコーチに役職名を変えた。現在は、東北地域のJFA地域統括ダイレクターを務め、指導者養成ではA級ジェネラルとA級U-12、B級JFAコースを担当している。おそらくボールが蹴られるピッチには、多くの笑顔が溢れているのだろう。サッカーボール1個の魔法を知る指導が、そこで行われているはずだからだ。(文中敬称略)
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