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「子どもたちには最後まで諦めずに、夢に向かって頑張ってもらいたい」東日本大震災から10年~リレーコラム 第11回~
2021年03月30日
東日本大震災から、10年のときが経ちました。国内外から多くのサポートが寄せられ復旧が進んだ一方で、復興にはまだ長い道のりが残されています。それぞれの立場で、東日本大震災とこの10年間にどう心を寄せ、歩んできたか。ここではサッカー関係者のエッセイやコラムをお届けします。
第11回は、「JFA・キリン スマイルフィールド」「JFA・キリン ビッグスマイルフィールド」にコーチとして活動に関わられた中西永輔さんの話をもとに当時を振り返ります。
乗っていたバイクから、急に不自然な振動が伝わってきた。中西永輔は、エンジンの故障かなと思ったという。2011年3月11日、震災に遭遇したのは、ちょうど帰宅する途中だった。頭上にある高速道路の高架が、見たこともないように大きく揺れ、たわんでいた。直感的に「高速道路が崩れたら危ない」と思い、急いでバイクを停車させた。自宅に戻りテレビをつけた。画面から信じられないような映像が流れてきた。あえて不謹慎な言い方をすれば、映画のワンシーンを見るようだった。本当にこれが現実に起きているのか。夢の中にいるような感覚だった。津波や原発により東北地方は甚大な被害を受けた。
日本サッカー協会(JFA)とキリングループによる復興応援「JFA・キリン スマイルフィールド」は、元日本代表選手などを中心に行われたサッカー教室だ。始まった2011年9月当初は、岩手、宮城、福島の3県の小学生を対象に行われていたが、2017年9月からは「JFA・キリン ビッグスマイルフィールド」として対象地域を拡大。大人も参加できる催しとしてリニューアルされた。その中で中西はコーチとして、最多となる7回の参加をしてきた。石巻や南三陸など、被害の大きかった地域を重点的に巡った。行くまではTVなどのニュースを通してしか現地の様子を見ていなかった。それでも被災地がひどい状態にあることは伝わっていた。しかし、実際に現地に行くと印象はさらに変わった。「自分の目で見ると、この校舎の2階まで津波が来たのかと信じられない状況でした。特に津波被害を受けた地域は、何もかもがなくなっていた。僕らが家で津波の映像を見て怖いなと思う以上に、現地の人たちは怖い思いをされたのだと思います」。
現地に赴いて、校長先生など大人たちの話を聞く中で、子どもたちがさまざまな感情を持っていることが分かった。子どもが置かれた環境によっても、それには差異があった。中には両親を失った子どももいた。子どもたちに言葉をかけるのに、細心の注意を払った。加えて、心におびえを抱えているのは子どもだけではなかった。教師たち大人も悩み、戸惑っていた。恐ろしい体験をし、大切なものを失った子どもたち。彼らに対し、本来ならば教師として注意しなければいけない場面もある。それであっても「いろいろな事を子どもたちに対して言えなくなってしまった」という声を数多く聞いた。「そのような先生たちの心情も理解できなくもなかったです。ただ、サッカーを通してですけれど、僕らは教育現場に行っている。子どもは素直な部分もあれば、まだ幼い部分も強くてルールを守れないこともある。きちんとやらなければならない場面で、できないのであれば、そこは大人が正しい道に導いてやらなければいけない。指導の場面では、被災地を意識することなく、いつも通りに自然体で子どもたちに接しました。良い面は褒めるし、ダメなところはダメと伝えましたね」。
サッカー教室が行われる環境は、それぞれだった。グラウンドには仮設住宅が建ち、スペースが限られる所も少なくはなかった。子どもたちが、日常的に体を動かすということを想像しにくい場所もあった。特に放射線の影響を受けるために屋外で全然遊んでいないという福島の子どもたちには、ある特徴が見られた。他の地域に比べて明らかに運動不足と思われる体型の子どもが多かった。「サッカーの練習をしちゃうと運動が苦手という子もいますから、ボールを使いながら体を動かすということを念頭に置いてメニューを組みました。体を動かすと、すぐに息の切れちゃう子もいた。それでも、楽しかったから頑張ることができたと言ってくれた子どもがいて、とても嬉しかったですね」。彼らにすれば、先生に「元日本代表の選手が来る」と言われても、それはまったく知らない大人だ。最初にグラウンドに立ったとき、とても緊張しているのが分かった。だからこそ、中西は指導する立場という一面を持ちながらも、限りなく友だちに近い関係で彼らに接した。そして、指導が終わる頃には、ほとんどの子どもたちが笑顔になっていた。体を動かせば、例え一瞬であっても辛いことも忘れられる。そのような姿を、中西は数多く目にしてきた。
「子どもというのは宝ですよ。可能性を秘めている。大人はその可能性を摘んではいけない。子どもがやりたいこと、興味があることを見つける手伝いをする。それが大事なんじゃないですかね。子どもたちには夢を持ってほしい。一個の大きな夢、それは小さな夢の集まり。その一つひとつをクリアしてこそ、結果として大きな夢にたどり着ける。子どもたちには最後まで諦めずに、夢に向かって頑張ってもらいたい」。活動を始めて10年が経つ。最初に接した、当時の5年生、6年生は、もう成人になっている。彼らは夢への道をたどっているのだろうか。そう思うと感慨深いものがある。同時に、復興の段階は、まだまだ途中という思いも持つ。震災直後のあの惨状を知り、長年に渡って被災者の心情に直接接してきたからこその、中西ならではの感想だろう。(文中敬称略)
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