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チェンジメーカー 第4回 山本浩義(やまもと・ひろよし) 有限会社アスルクラロ沼津代表取締役社長

2011年09月22日

チェンジメーカー 第4回 山本浩義(やまもと・ひろよし) 有限会社アスルクラロ沼津代表取締役社長

Profile

山本 浩義 / YAMAMOTO Hiroyoshi さん
有限会社アスルクラロ沼津代表取締役社長
2009年度SMCサテライト講座(静岡)修了

1961年(昭和36年)9月静岡県生まれ。
日大三島高より国士舘大学。卒業後、埼玉県で2年間高校教諭を務めた後、6年間幼児体育の企業に。その後、地元、静岡県沼津市で1990年沼津セントラルスポーツクラブ(現・アスルクラロ沼津)を設立。
元ジュビロ磐田監督、アテネ五輪代表監督、山本昌邦氏は実兄。

その1 グランド作るってすごい夢だったんです

坂口:まず、今やってらっしゃるアスルクラロ沼津について教えてください。

山本:アスルクラロ沼津は総合型地域スポーツクラブを目指して1990年にできたクラブですね。おもに、青少年の健全育成に特化してます。今はサッカー、新体操、テニス、未就学児の幼児体育が、アスルクラロのメインです。

それに対して、アスルクラロファミリーというNPO法人は地域の人たちに入ってもらいながら健康とコミュニティーをつくる活動をしています。その中では、富士登山へ行ったり、地引網をやったり、パン作り教室をやったり、ま、いろんなことをやっています。

坂口:施設だったり、会員数とかについてお話いただけますか。

山本:会員数でいうと、サッカースクールが約1400名くらい、テニススクールが120名くらい、新体操のスクールが250名くらいで活動していますね。

2004年にフルピッチのサッカーコート、翌年2005年にテニスコートを2面、2007年にフットサルコート2面、3オン3と、壁打ちができる施設と、もう1面テニスコートを作りました。それができて、地域のみなさんのフットサルリーグだとか、8人制のリーグ戦をやってます。あとは土日を使ってイベントを開催する、いうようなことをしてますね。

坂口:それだけのハードを自前で揃えていらっしゃるところってたぶん、そんなにないと思うんですけど、最初に作られたときの資金ですとか、その辺お話しいただいてもいいですか。

山本:僕らもグランド作るってすごい夢だったんですよね。まあ、無理だよね、って。(笑)
でも、銀行と話していく中で、県の融資制度があって、山本さん、こんな融資があるんだよって。ま、とれるかどうかわかんないけど、一応やってみたら、って銀行の営業マンに勧められて資料提出をしてみました。

そしたらたまたまその案件をうけた県の担当の方がサッカーをやっていた方で非常にいい案件だねって言っていただき書き方なんかを指導してもらいました。その資金が下りることになったんだけど、どうやって事業展開して、その資金を返済していこうかってことをみんなで考えて。がんばって事業計画をたてたら、ものすごい儲かる事業計画になったんだけど、(笑)
そこまではいかなくても、まあ半分くらいはいけるかなってことで、みんなでとにかくやろうって作りました。

その2 地域の人たちが集まる環境づくり

坂口:今の、アスルクラロ沼津を1990年にスタートするその前、高校、大学ってサッカーずっとやってこられて、ご卒業されてからはどういう経緯でここにたどりついたんですか?

山本:大学出て、僕は埼玉の高校の教員になったんですけど、たまたま、同期で入った先生の中に、学生時代に幼児体育のバイトをしていた先生がいて、その話を聞いた時にすごい興味をもったのでその現場を見せてもらいました。そしたら、子どもたちがすごい楽しそうにサッカーをやっていて。この純粋な子たちをゼロから自分で育てていったらすごい楽しいんだろうなって感じて。

坂口:(うん、うん。)

山本:2年間で教員を辞めて、そのクラブで6年間勉強させてもらいました。僕は埼玉ではクラブづくりをやる気がなかったので、将来的には沼津に帰ります、と言って。ほんとは2年間だけ勉強させてもらって3年目に帰る予定だったのですが、指導に入るとやっぱり子供たちがかわいくなって、なかなか抜けられなくて、6年間指導していました。
それから沼津へ戻ってクラブをつくりました。

坂口:はい、はい、うん、うん。

山本:沼津は全然、幼児サッカーなんてやってなかったので、幼稚園の先生とか、園長先生なんかも、逆に、それ、なに?っていう感じでした。じゃ、とりあえずちょっと、いいよやってみて、って感じで始めさせてもらったのが実際ですね。

坂口:幼児体育がスタートなんですね。

山本:そうです、そうです。

坂口:じゃ、今でいうトップチームはどの辺から加わっていったんですか?
育てた子供たちが大きくなってできたわけじゃないですよね。

山本:じゃないです。
今から7年前に、静岡県社会人リーグ1部のチームで、僕も所属していたチームをアスルクラロ沼津に名前を変更して、トップのチーとして登録したのがスタートです。僕らのクラブも卒業生が少しずつでてきたんで、クラブの中でもトップチームを持ちたいよね、っていう話になって名称変更のお願いをしました。

坂口:幼児体育から、大人まで、あと他の2種目、テニスだとか新体操まで、すごく多岐にわたっているんですけど、山本さんのいちばん力を入れているところはどの部分ですか?

山本:創設当時から地域の人たちの健康増進、コミュニティづくりをサポートしていくっていうのがクラブの理念でもあり、そこは推進していきたい。
たまたま僕は自分がサッカーが専門なんで、サッカー中心できましたけど、いろんな人に関わってもらって、地域の人たちがたくさん集まれるような環境づくりをしていきたいです。

その3 人間性が大事

坂口:スタッフは今、どれくらいの体制ですか?

山本:サッカー、新体操、テニス、事務もすべて含めて社員は21名です。

坂口:ここまで徐々に大きくなっていったんだと思うんですけど、みなさんどういった方々が集まってきているんですか?スタッフとして。

山本:はじめは、僕の知り合いとか、友人の紹介などで入ってきたんですけど、おかげさまで最近では募集をかけて、その中から入社してもらっています。

やっぱり基本的には人を相手にする仕事なんで。例えば、サッカーのオリンピック選手だよーとかじゃなくて、僕らはもっともっと小さな子達を教えるんで、その人間のパーソナリティがものすごい重要なのかな、と考えて採用してます。

坂口:採用したあとの教育であったりとか、会社を経営していくにあたって、人の部分で、どういうふうに山本さん自身が関わってらっしゃいますか?

山本:昔は、基本的に自分も現場に出て、自分が見せて、っていうことが多かったです。師匠と弟子じゃないんですけど、こういうことが大事なんだっていうことを一緒に指導しながら教えていました。
僕も最近はそういうことができなくなったんで、本来であればベテランの指導者から若い指導者へ伝承していくもんだと思うんですけど、だんだんそういうものが薄れるんですよね。

だから、これからはしっかりした教育システムを構築して、研修を積ませ、スタッフを育成し、もう少しアスルクラロの色というか、アスルクラロの指導方針を確立していく必要があると思います。僕も実際だんだん現場から離れてしまっているので、直接指導現場を見れないジレンマがありますね。

坂口:ここまでずっとクラブが大きくなってきた要因っていうのは山本さんのパーソナリティを反映している部分がすごく大きいと思うんで、そこをどういうふうに今後落とし込んでいくかっていうのが課題ですね。

山本:はい。やっぱり情熱だとかその人が持っている雰囲気が大事ですね。
僕らの指導は幼稚園から始まりますが、園児が自分からクラブを選んで入ってくるわけではないですから、その親御さんたちがクラブを厳選して入会させているわけです。

我々の地域にも、小学校にいくとサッカー団はどこの学校にもあるんですよ。そういう環境の中で幼稚園から小学校に上がるときに、携わったお母さんたちがすごいいいクラブだよ、いいコーチたちだよ、っていう口コミが会員数が増えてきたいちばんの要因だと思うんですよ。
そういった意味では、すごい選手とかということではなくて、その人の持つパーソナリティが大事だと思いますね。

より上の年齢に行けば専門性が高くなるんで指導力もすごく必要だと思います。僕の兄はオリンピックの監督でオリンピック選手に指導してましたけど、僕がその指導をできるかっていったらそれはできない。
でもじゃあ、うちの兄が幼稚園の子を指導できるかっていったらそれも出来ないと思うんですよ。

子供たちからも、保護者からも信頼されることが最も大事ですね。過去を振り返るとほんとうに保護者の方がいっぱい応援してくれたので、今があると思ってますけどね。クラブ創生期の保護者の方にはすごい感謝してますよ。その人たちの口コミで、すごく会員が増えましたから。

坂口:それが一番大きいですよね。

山本:一番大きい。宣伝効果としてね。

坂口:先程、年代が少し上がれば専門性がって話ありましたけど、中学生年代に関しては結構結果も出してらっしゃいますよね。ちょっとそこらへんの話も・・・

山本:はい。
中学生チームを作るときに、なんとか県東部地域の子供たちにもJリーガーへの夢を持たせたくて、その当時兄が所属していたジュビロ磐田と姉妹クラブ契約を結ばせてもらいました。がんばればジュビロ磐田のユースにあがってジュビロ磐田のJリーガーになれるんだぞという夢を地域の子達にも与えたかったんですよね。

いい素材の選手はどこの地域にもいるというのが僕の考えです。そしていい環境と、いい指導者に出会えれば必ずいい選手が生まれます。ACNジュビロ沼津は、セレクションによって地域の優秀な素材を集めているので、より高いパフォーマンスが引き出されているのだと思います。

でもそれだけでは、地域の活性化にはつながらないんですよ。僕らの地域でもJリーグのチームができればいいと思いますが、それにはすごい資金がかかるので、なかなか手が届きません。とりあえずJFLを目指してトップチームの強化をし、できればユースチームを作りたいです。

そして、東部地域の子どもたちは東部地域で育てていきたい。今、中学校までは成績を残しているんですが、高校進学となると、サッカー有名校へこの地域から流出してしまう生徒が多いのでそれをなんとか地域に残し、社会人のチームへつなげていけたらいいかなと思います。

坂口:その社会人チームに関してはいかがですか?
今後なんか目標というか見通しというか。

山本:今、県リーグの1部を戦っているんですけど、なんとかJFLを目指すくらいのところまでいきたいですね。
今うちのクラブを巣立ったOB達も大学で活躍してる学生も多く、地元へ戻ってきてるOBもいるので、OBたちがトップチームに入ってくれることでチームが少しずつよくなってくると思っているんですけどね。

今問題になっているのは、運営資金とグランドの問題です。資金面については、なかなかうちのクラブ単体ではできないので、チームが実績を残すことで、地域を動かしていきたいと考えています。

坂口:できるといいですね。

その4 すごい変わったと思いますよ

坂口:2009年、一昨年ですね、SMCのサテライト講座を受講されて。そのときのことを伺いたいんですが、受講されているときって、いかがでした?

山本:今までは自分の頭の中だけで理想を掲げ、自分でやれることを何の裏付けもなく実践してきました。悪くいうと行き当たりばったり的なところがありました。ゆえに他人に自分のビジョンをあまりうまく伝えられなかったのが現実です。あまり先のことまで考える余裕もありませんでした。

SMCに参加することで、自分のビジョンを明確にすることの必要性、そのビジョンに対する裏付け(分析や情報収集)をとること。ビジョン実現へ向けてのプロセスのイメージを作ることなどを学び、「自分のやりたいこと」「自分にできること」「自分が行動しなければならないこと」がはっきりとしてきました。
またそれが自分の想いを他人に伝えるときに自分の考えが整理され、非常に説得力のあるものに変わりました。本当に受講してよかったと思っています。

坂口:山本さんの立場としては内部の人たちも巻き込まなきゃいけないし、地域の自分たちの周りの人たちも巻き込まなきゃいけないし、そこには絶対説明が必要ですからね。

山本:そうなんです。SMC受けることによって、かなり整理ができてきましたよね。トップチームをJFLに持ちたいっていうこととかも何が足りなくて何をやんなくちゃいけないとか、何年までにどうしていくとかが明確になってきたんで、自分としても、あ、これここまでにやんなきゃいけないなとかっていうことを考えられるようになってきたんで。
すごい変わったと思いますよ。

坂口:できあがっていく過程の中で、口だけで話しても、わからない人にはわからないですよね、なかなか。すごく先進事例のひとつだと私は思うんで。あそこのあれみたいなのです、っていうふうに言えないと思うんですね。だからこういったことを人に説明できるように整理していくことが大事なことなんですよね。

山本:はい。

坂口:これで最後の質問ですけど、今後、山本さんがやっていきたいこと、実現していきたいこと、お話いただけますか?

山本:今後。
えー、大学卒業して、20代で高校の教員をやり、幼児体育に出会い、自分のやりたいことをすごく探して、幼児体育から仕事を起こし、30代はその仕事を広めるためにがむしゃらにやりました。とにかくひろげなきゃいけない。
40代はその事業にブランドができ、いろんな発展が出てきました。

今、50になるんですけど、50から60ってのは、そこをさらに発展させ安定していくために、そのクラブを応援してくれるサポーター作り、そして子供たちが夢を持てるような方向性、サッカーそのものよりはそういったクラブづくりをやってかなきゃいけないかなと思っていますよね。

でも、ほんとは、僕は、指導が、好きなんですよね。
もっと現場から離れて会社の(経営の)ことだけをやっていかなきゃいけないんじゃないかなって思うんだけど、一方では、自分の仕事のスタイルの中に指導の時間もあって、実際はそこがいちばん楽しかったり、するんですよね。

うちのクラブとしては、アスルクラロ沼津とNPO法人アスルクラロファミリーのふたつの事業を併せて、総合型地域スポーツクラブだと評価してもらいたいです。

完成形なんてないんですよね。僕の中でもこれが完璧だ、なんてのは描けてないです。でも、スポーツを通じた地域コミュニティはこうあるべきなんだろうなあ、っていうのはある程度自分の頭の中には考えているんですけど。
退職までの残り10年間、そういった将来の目標、夢に向かって、なんとかもう少し方向付けができればいいかなと思っています。

坂口:発展を期待しています。ありがとうございました。

 

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