4試合を終えて1勝2分1敗。追い込まれた日本は、加茂周監督の解任というショッキングな事態にも見舞われた。岡田武史新監督のもと、挑んだウズベキスタンとの第5戦。しかし、結果はまたしても1-1の引き分けに終わった。
それでも選手たちは前向きだった。山口さんは当時の状況を振り返る。
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「ウズベキスタンの引き分けは、それまでとは違って追いついたってこと。しかも、ある意味ラッキーな追いつき方だったので、こんな形で入ってしまうんだなあと。これで日本に帰れるし、なにかあるかなという話は選手たちと話していましたね」
確かにこの試合は前半のうちに失点し、後半は猛攻を仕掛けたもののなかなかゴールが生まれなかった。ところが試合終了間際、井原正巳選手のロングフィードを前線の呂比須ワグナー選手がヘッドでつないだボールが、そのままゴールに吸い込まれるという幸運な形で引き分けに持ち込んだのだ。
「日本に帰れば何かがある」
まだ微風に過ぎなかったものの、選手たちは確かな追い風を感じていたのだ。
ところがホームにUAEを迎えた第6戦は、呂比須選手のゴールで先制しながら、前半のうちに追いつかれて1-1のドロー。この結果、日本は1勝4分1敗の勝点7で3位。すでに勝点16を稼いでいた韓国の首位が確定し、ワールドカップ出場が決定した。
この時点で日本は2位を目指す以外に選択肢はなくなった。勝点8で2位のUAEとの一騎打ちとなったのだ。
残り2試合でUAEを上回る必要があるなか、監督が代わってもなかなか結果が出ない状況にファンやメディアからは批判が相次いだ。選手たちはその状況をどのように受け止めていたのか。山口さんは振り返る。
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「韓国が抜けてしまったけど、まだ2位の可能性が残っている。だからゼロになっていない以上はやるだけだという感じでした。もちろん周りから何を言われてもしょうがない。プレッシャーを受けながらプレーするのも代表の使命ですから。ただ、そのプレッシャーを乗り越えれば違う部分も見えてくる。これは誤解されたら困るけど、ワールドカップに行きたいのは僕たちですから。小さい頃からの夢であり、代表に選ばれて集まって、その夢が近づきつつある。自分たちの力でやるしかないことなので、その頃はもう、周りの声は気にならなくなっていました」
なかなか好転のきっかけを掴めないまま、日本は残り2試合へと向かっていった。第7戦は、アウェイでの韓国戦。勝つしかない状況で敵地に乗り込んだ日本は、今予選最高とも言えるパフォーマンスを示し、ライバルを2-0と撃破したのだ。
この勝利には、すでに突破が決まっていた韓国が手を抜いていたという見方もあった。しかし、山口さんはその意見を真っ向から否定する。
「自分たちがUAE戦からやり方をアレンジするなか、韓国戦の前のトレーニングでは、非常にすっきりしたという感じはありました。具体的に言えば、守りの時は中盤が4枚で並ぶけど、攻撃時には僕が4バックの前でアンカー気味に我慢しながら、時にはCBの前に入ってビルドアップにかかわるというやり方。岡田さんが上手く自分たちの良さを引き出そうとしてくれたし、そういう臨機応変な戦い方が結果につながったのだと思います」
この1勝で息を吹き交わした日本は、同節にウズベキスタンに引き分けたUAEをかわして2位に浮上。最終戦のカザフスタンに勝てば、第3代表決定戦に進出できる状況となった。
11月8日、国立競技場で行われたカザフスタンとの一戦は、実にあっけないものだった。開始12分に秋田豊選手のゴールで先制すると、代表復帰を果たした中山雅史選手、高木琢也選手にもゴールが生まれ、終わってみれば5-1の圧勝劇で2位の座を確保したのだ。
「韓国に勝った勢いもあったし、中山さん、高木といった経験ある人が入って、いい雰囲気になっていたというのもありました。終わってみれば、なんでアウェイであんなに苦戦したのかなと。それがアウェイの難しさなんでしょうけど、ホームでのカザフスタンに怖さは感じられませんでした」
グループ2位を確保した日本は、もうひとつのグループで2位となったイランとの第3代表決定戦に臨むこととなった。
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1発勝負で行われるこの試合の開催地は、マレーシアのジョホールバル。かの地が日本の歴史が刻まれる舞台となったのだ。
1997年11月16日。運命の決戦を前に、山口さんはこんなことを思っていたという。
「長い、長い予選がやっと終わるんだな」
この試合に敗れれば、オセアニア地区と大陸間プレーオフに回ることになっていたが、山口さんにはそうした想定が一切なかった。
「ここで決まると思っていた。負けるとは思っていませんでした。流れも良かったし、自分たちの力を出せれば、絶対に勝つという自信はありました。批判的だった周囲の反応も、絶対に行けるという感じに変わっていましたし、当日のスタジアムも、ほとんどが日本人。すごいなと思いましたし、ホームのような雰囲気を作ってくれてありがたかったですね」
試合は39分、中田英寿選手のスルーパスに抜け出した中山選手が先制ゴールを奪取。しかし、後半開始早々に同点に追いつかれると、59分には警戒していたアリ・ダエイ選手に逆転ゴールを許してしまう。苦しい展開となったが、それでも日本は落ち着きを失っていなかった。
「逆転されても慌てなかったですね。ダエイは強いなとは思いましたけど、まだ後半の早い時間帯だったし、相手がシステムを代えて逃げ切ろうとしていたという感じはあったので、付け入る隙は十分あるなと」
この時、山口さんとDF陣は、選手たちの判断で守り方を変えていた。
「こちらも勝ちにいかないといけないので、名良橋(晃)と相馬(直樹)の両サイドを高い位置にもっていって、僕が少し抑え気味になって、後ろの秋田と井原さんと3人で、相手の2トップをしっかり見ようという感じに変えました。監督の許可も取らず、ピッチ内の選手の判断で。岡田さんは選手たちの考えを尊重してくれる監督でした」
もちろんそこには勝算があったし、変える以上は責任感も伴っていたという。
「監督の言うことを聞いておけば、監督の責任にできる。でもそれでは面白くないじゃないですか。もともとサッカーとはそういうもの。プレーごとに監督の指示を待つわけにはいかない。その時々に応じて自分たちで考えないといけない。それがサッカーの面白いところでしょ?」
勝つか負けるかで運命が決まるこの究極にプレッシャーがかかる状況下でも、山口さんはサッカーの本質を追求し続けていたのだった。
そうしたなか、岡田監督も63分、中山選手と三浦知良選手の2トップを、呂比須選手と城彰二選手に一気に変える積極策に打って出る。この采配が奏功し、76分に城選手が値千金の同点ゴールを奪取。そのまま試合は2-2で決着が付かず、ゴールデンゴール方式の延長戦へと突入した。
この延長戦のレギュレーションは、Jリーグでも経験している日本に優位に働いた。
「延長は予定外でしたけど、後ろは焦らずにゼロでという意識はあったし、延長になってからはよりその想いが強まりました。点は取りたいけど、決められたくはない。そのあたりのバランス感覚は、Jリーグでゴールデンゴール方式を経験していたのが大きかったと思います。イランにとっては難しかったでしょうね。VTRを見てもらえれば分かると思いますけど、岡野のゴールが決まった瞬間、イランの選手はまだやろうとしていましたから」
延長戦の日本は、ピッチに立ったばかりの岡野選手のスピードをいかして、次々に決定機を創出。これを決めきれない時間が続き、嫌な空気も漂ったが、118分、ついに歓喜の時が訪れる。中田選手のミドルシュートはGKのセーブに阻まれたものの、こぼれ球に詰めたのはチャンスを逸し続けてきた岡野選手だった。その瞬間、日本サッカー界の長年の夢が、ついに成就されたのだった。
岡野選手のゴールが決まった瞬間、山口さんはこう思ったという。
「ほっとしましたよ。やっと長い合宿生活が終わったんだなって」
夢にまで見たワールドカップ出場を実現したにも関わらず、喜びよりも安堵の感情が勝った。それほどまでにこの2か月間は、選手たちにとって過酷で苦しい日々だったのだ。
喜びを実感したのは、日本に帰ってきてからだった。歓喜に沸く周囲の反応を見たとき、「ああ、これはすごいことしたんだなと」と、充実感に浸ることができた。
山口さんにとって、あの2か月間は、どういったものだったのか。
「日本のサッカーの歴史を作れたのは嬉しかったし、望んでいたこと。自分自身、ドーハの予選を見ていて、悔しさもありながら、次は自分がという気持ちがあった。実際に自分にチャンスがやってきて、実現できたという嬉しさもあったけど、本当にいろんなことがあったなと、今振り返ってもそう思いますね」
あれから20年、日本は6大会連続で出場権を獲得している。そんな今の日本代表を、山口さんはどのように見ているのだろうか。
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「進化はしていると思いますよ。当然苦しい時もあったし、伸び悩んだ時期もあった。でもそういうのを乗り越えて、着実に力を付けていると思います。世界で活躍する選手もいるし、世界のサッカーを熟知している監督もいる。協会のサポート体制も含めて、日本サッカー界全体が力をつけていると感じています」
一方で、最終予選はやはり簡単ではないという認識もある。
「日本だけじゃなくて、他のアジアの国々も力をつけてきている。タイとか中国といった国も簡単な相手ではなくなったし、中東も力を付けてきている。そのなかで、日本対策もある。当然難しくなっているなと。でも、これが普通だと思う。やっぱり最終予選は大変だし、難しい。今回の予選でも初戦で敗れたけど、アジアのレベルが上がっていることを、我々も認識する必要があると思います」
最後に、最終予選を勝ち抜いた経験者として、現日本代表にエールを送ってもらおう。
「自分たちの力を信じて戦ってほしいですね。当然プレッシャーはあるだろうけど、それが代表の宿命。そんなの百も承知だろうけど、そういうものを乗り越えて、日本のサッカーの新たな歴史を作ってほしいですね」