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仲間としての心づかい ~いつも心にリスペクト Vol.138~

2024年11月25日

仲間としての心づかい ~いつも心にリスペクト Vol.138~

1ゴールを、そして1勝ち点を巡ってしのぎを削るJリーグの試合。1個のボールを巡る「デュエル」と呼ばれる一対一の争いは熾烈を極めます。

特に激しいバトルが繰り広げられるのは、マークし合う選手たち間の争いです。センターバックとセンターフォワード、サイドバックとウイング、そしてミッドフィルダー同士…。自由に動いていいサッカーといっても、「基本的なポジション」はあります。そして自然に、ぶつかり合うことが多くなる選手同士がいます。

しかし彼らは「敵」ではありません。互いにチームを勝利に導くために技術や知力を尽くす選手同士です。そして注意深く見ていると、互いに「仲間」であることが試合の中でも表現されるシーンがたくさんあります。

9月13日に行われたJリーグ第30節の川崎フロンターレ対サガン鳥栖にもそんなシーンがありました。前半11分にホームの川崎Fが先制し、33分にMF脇坂泰斗選手が2点目を決めたかと思われましたが、ビデオアシスタントレフェリー(VAR)がオフサイド判定。1点差のまま前半終盤を迎えます。

パスを受けた鳥栖のMF西矢健人選手が当たりにきた脇坂選手をかわして前進。脇坂選手はすぐに追走して体をつけ、西矢選手の前進を止めようとします。この二人は、攻撃的MF(脇坂選手)と「アンカー」(西矢選手)というポジションの関係から、試合開始時からよくぶつかり合っていました。

西矢選手も負けていません。得意の左足でボールをキープして脇坂選手に妨害を許さず、味方との短いパス交換から前線にパス。しかしこのとき、ボールを守るために踏み込んだ右足が、タックルにきた脇坂選手の左足首を踏みつけてしまったのです。

倒れて痛みを訴える脇坂選手。ゴール前で鳥栖の攻撃が続いている間も、西矢選手は脇坂選手のところに歩み寄り、だいじょうぶですかと背中を叩きます。ようやくプレーが切れ、長峯滉希主審が試合を止めて脇坂選手のところに走り寄って状態を確認します。

西矢選手はすぐ近くの川崎Fのテクニカルエリアに走り、置いてあった水のボトルを開けてひと口飲みます。川崎Fの鬼木監督は、脇坂選手を心配そうに見つめていますが、西矢選手をとがめるそぶりは見せませんでした。

どちらのチームが用意した水でもかまわず飲む――。これはJリーグではごく一般的に行われていることで、私はとても好ましいことだと思っています。

すると西矢選手はボトルを持ったまま脇坂選手のところに歩み戻ります。長峯主審と話しながらようやく立ち上がった脇坂選手。西矢選手は背中を叩きながら声をかけ、ボトルを渡しました。脇坂選手はそれを素直に受け取ってひと口のみ、両手に振りかけてからもうひと口。空になったボトルを川崎Fのスタッフに投げると、プレーに戻っていったのです。

この間、脇坂選手にも西矢選手にも、そして鬼木監督にも大げさな動作はなく、すべてがさりげなく過ぎた1分間。私は、とても素敵な時間を見た気がしました。

西矢選手は神戸市出身の24歳。大阪桐蔭高校から明治大学に進みましたが卒業時にはプロになれず、当時JFLのFC大阪に加入。2年目の昨年にFC大阪はJ3に昇格し、そこでの活躍を認められて8月にJ2の藤枝MYFCに期限付き移籍。ここでようやくプロ契約となりました。そして今年7月にJ1のサガン鳥栖に移籍したのです。この川崎F戦は移籍してJリーグで2試合目の先発。初めてフル出場し、見事なプレーで中盤を支えました。

試合は後半に鳥栖が追いつき、川崎Fが突き放し、アディショナルタイムに鳥栖がPKで2-2としましたが、その10分に川崎Fが劇的な決勝点。スペクタクルな展開に、スタジアムは沸騰しました。

しかし同時に、目立たなくても、西矢選手と脇坂選手のような美しい光景があった試合でもありました。あなたもJリーグの試合でそれを探してみたらどうでしょう。

寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)

※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2024年10月号より転載しています。

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