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誰もが勝者になれる ~いつも心にリスペクト Vol.120~
2023年05月25日
日本時間で3月21日まで行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)での日本代表の優勝は、国民的な話題となりました。
普段はあまり野球中継を見る機会のない私ですが、緊迫感あふれる試合には引きつけられました。そしてその緊迫感の中でチーム一丸、総力戦を展開した日本のスキのない戦いぶりには目を見張りました。選手たちを信じ、そのメッセージを送り続けて彼らの能力を最大限に引き出した栗山英樹監督の力量にも感心しました。
どの試合も見応えがありましたが、やはりとてつもない緊張感の中で進んだアメリカとの決勝戦は格別だったと思います。そして高校を卒業して2年しかたっていない20歳の若者を含む日本の選手たちに持てる力を存分に発揮させたのが、試合前の大谷翔平選手の言葉でした。
言うまでもなく大谷選手はアメリカの大リーグで大スターの地位を築いた日本のトップ選手です。試合前のスピーチを託された彼の言葉が、チームのSNSを通じて公開されています。
「僕からは一個だけ」。ロッカールームの円陣の中に立って、大谷選手はこう切り出しました。
「憧れるのはやめましょう。ファーストにゴールドシュミットがいたり、センターを見たらマイク・トラウトがいるし、外野にムーキー・ベッツがいたりとか。野球をやっていれば、誰しもが聞いたことがあるような選手たちがやっぱりいると思うんですけど、今日一日だけは...。やっぱ憧れてしまったら、超えられないんでね。僕らは今日、超えるために、やっぱトップになるために来たので。今日一日だけは、彼らへの憧れを捨てて、勝つことだけを考えていきましょう」
大谷選手らしい明るい表情、明るい声でこう言い切ると、最後には力強い声で、「さあ、行こう!」と声をかけたのです。
このコラムでも、「相手をリスペクトし過ぎない」という話を何度もしてきたと思います。どんなに名声があり、どんなスーパースターぞろいの相手であろうと、試合は0-0から始まり、同じルールで行われます。何より大事なのは自分自身を信じ、味方を信じて、勝利のための全力を尽くすこと――。大谷選手の言葉には、野球という一競技を超え、全てのスポーツ、全ての社会活動、そして人生にも通じるメッセージがありました。こんな言葉を聞いて、奮い立たない人がいるでしょうか。
そしてさらに素晴らしかったのは、3-2という際どい勝負で勝利をつかんだ後の日本選手たちの態度でした。
所属大リーグチームの同僚であり、アメリカ代表のキャプテンでもあるトラウト選手を大谷選手が渾身のピッチングで三振に取り、優勝が決まった瞬間には、マウンドに集まり、喜びを爆発させた日本でしたが、数分間するとライン上に整列し、帽子を取ってスタンドの観客にあいさつ。その姿は、スタジアムにいたファンだけでなく、テレビ観戦していたアメリカ中のファンの心を打ったといいます。そしてゴミ一つ落ちていないベンチの様子も伝えられ、全米から称賛されたのです。
忘れてならないのは、こうした日本チームのリスペクトあふれる行動に対し、相手チームもしっかりとリスペクトで返したことです。敗れたアメリカの選手たちは一様に失望の表情を浮かべていましたが、日本チームに拍手を贈りました。そしてスタジアムを埋めた観衆は、両チームを称えたのです。
ほんの一部を見ただけですが、今回のWBCは、リスペクトの心に満ちた大会ではなかったでしょうか。試合前には選手同士が交歓する姿が見られ、試合後には互いを称えるコメントが出されました。
その中心に日本の選手たちがいて、さまざまな場面でリスペクトの精神を示し続けたのは、日本人として大きな誇りです。しかしリスペクトは競争ではありません。互いにリスペクトし合うことは、誰もが勝者になることを、今回のWBCに参加した全選手が教えてくれたように思います。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2023年4月号より転載しています。
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