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まずしっかり聞くこと ~いつも心にリスペクト Vol.79~
2019年12月24日
ラテン語は古代ローマ帝国の公用言語であり、元来は帝国に先立つローマ共和国の中心となったラテン部族という数千人の小さな集団の言語でした。ローマ帝国の拡大とともにいわば「世界語」となり、帝国が滅んだ後にも、書き言葉、学術用語などとして近世まで使われました。現在はラテン語を公用語とする国はありませんが、ラテン語から派生した単語がヨーロッ パ各国の言語に残っています。
「リスペクト respect」もそのひとつです。「スペケレ specere(見る)」というラテ ン語の前に「後ろを」「再び」などの意味をもつ接頭辞「re」をつけて「振り返って見る」という意味の言葉が生まれ、転じて「感心をもつ」「敬意を払う」という意味で使われるようになったのです。
すなわちリスペクトの第一歩は『見る』ことなのです。しかし実際には見るだけでは足りず、しっかりと「聞く」ことが必要だというのが、今回のお話です。
相手へのリスペクトを示すことは、現代に限らず人間関係の中でとても重要なことで、互いにリスペクトされていると感じることでしっかりとしたコミュニケーションが生まれると言われています。そのために必要なのが、「聞く」ことなのです。
ただ漫然と聞くのでは足りません。相手の目を見て、時折うなずきながら、しっかり聞くことが大事です。それによって、相手は自分がリスペクトされていることを感じるのです。
このコラムを私が受け持つようになって2回目の2014年4月号の記事に、あるレフェリーがJリーグの試合で見せた行動について書いたことがあります。判定に異議を唱え続ける監督にゆっくり走り寄った彼は、いきなり黙らせるのではなく、まず通訳を通して監督の話を10秒間ほど聞き、2回ほどうなずくと、「私が責任をもって見ています」とでも言うように左胸をポンポンと叩いたのです。
これによって監督も冷静さを取り戻し、以後はレフェリーへの異議よりも選手への指示に集中するようになりました。
私はある女子チームの監督をしていますが、ときどき選手たちが自分の話を聞いていないと感じるときがあります。自分たちで議論していて、私の話など耳に入っていない様子なのです。そうしたとき、私はいら立って「聞け!」と大声を上げてしまうことがあります。しかしそれによって事態が良くなることはありません。私の話が終わると、さきほど聞いていなかった選手たちは、「話は終わったのね」とばかりに、再び議論を始めるのです。
どうしたら話を聞かせられるのか、いろいろ考えました。それまでみんなが聞こえるようにと大声で話していたのを、わざと小さな声で話したこともありました。
イビチャ・オシムさんがトレーニングのピッチで出す声は、けっして大きくはなかったからです。しかしそれでも選手たちは信じ難いほどに彼の話をよく聞いていました。そして彼が小さな声で「ブラボー」とでも言おうものなら、小躍りせんばかりに喜びました。
考えてみると、それは選手たちにオシムさんに対する大きなリスペクトの気持ちがあったからこそできたことでした。選手たちは、彼の言葉をひと言でも聞き逃すまいと、神経を集中し、耳を研ぎ澄ませて聞いていました。注意を引くためにわざと声を低くするといったような、姑息な話ではなかったはずです。
まず選手たちの話をしっかりと聞き、選手の考えや気持ちを理解すること。そうした段階がなければ、選手たちは監督から「リスペクトされている」という気持ちを持てず、監督の言葉をしっかり聞こうという気持ちにもなれないのではないでしょうか。
相手の言っていることに賛成であろうと反対であろうと関係はありません。「共感」を示しながら、相手の言葉をさえぎらず、まずしっかり聞き、理解すること。そこからすべてが始まります。こう書きながら、私自身が普段まったくそうできていないことを、とても恥ずかしく思うのです。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2019年11月号より転載しています。
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