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リスペクトが成功を生む ~いつも心にリスペクト Vol.56~
2018年01月20日
日本代表は11月に欧州を舞台にブラジル、ベルギーという世界レベルの強豪と親善試合を行い、来年のワールドカップに向けて貴重な経験を積みました。その2試合を取材して最も感銘を受けたのは、ブラジル代表チッチ監督のリスペクトにあふれた態度でした。
フルネームはアジノール・レオナルド・バッチ。1961年ブラジル南部リオグランデ・ド・スール州のカシアス・ド・スール市生まれ。現在56歳です。少年のころ、家族や友人からは「アジ」と呼ばれていましたが、ひょんなことから「チッチ」のニックネームで呼ばれるようになります。
1970年代の終わり、彼が高校生のころでした。後にブラジル代表監督となるルイス・フェリペ・スコラリは30代を迎え、カシアスのプロチームでプレーしながらコーチの勉強に入り、その一環で市内の高校のサッカーチームの指導に当たっていました。そのチームにいたのが「アジ」でした。スコラリは彼に大きな可能性を感じてカシアスに紹介、テストを受けさせることにしました。
そのとき、スコラリは「アジ」というべきところを間違って「チッチ」と紹介してしまったというのです。「アジ」は見事テストに合格、このクラブでプロとしての第一歩を踏み出すのですが、登録名は「チッチ」のままだったのです。
チッチ監督は身長184センチ。大柄で非常に鋭い目つき。少し怖い印象があります。しかし試合前日と試合後の記者会見を聞いて、私は深い感銘を受けました。
何よりも、記者の質問を最後までしっかり聞き、誠実に受け答えをする姿勢です。どちらかと言えば「多弁」ですが、けっして無駄なことを話すわけではありません。低く、よく通る声で、静かな口調の中にも情熱が感じられ、説得力があります。演劇の勉強でもしたのだろうかと感じたほどです。
そのチッチ監督に、試合後、ある日本人記者が「日本チームがワールドカップで活躍する可能性はあるか」と質問をしました。試合は1-3というまあまあのスコアでしたが、力の差は歴然。「現実を見たほうがいい」という冷ややかな答えが口から出ても不思議はありませんでした。しかしチッチ監督は質問した記者をまっすぐ見据えると、こう話したのです。
「日本は27歳以上の選手が多く、とても豊富な経験をもっている。だから今日、相手がブラジルでもプレッシャーなど感じていないように見えた。たくさんの選手がドイツなどでプレーしていることも、経験や強いメンタリティーにつながっていると思う」
「実際、前半から非常にアグレッシブで素晴らしいプレーを見せ、われわれにとっても難しい試合だった。特に守備面で強い組織があり、われわれに向かってきた。何かを学んでいるというのではなく、果敢に攻撃を仕掛け、真っ向から勝負を挑んできた」
「何より重要なのは、彼らが例外なくチームのためにプレーしていたことだ。これは日本社会の美質によるものだと思う。日本人が本来もっているメンタリティーだと思う。チームのために戦う以上に大切なことはない」
昨年、ブラジルはワールドカップの南米予選で10チーム中「圏外」の6位と大苦戦していました。しかし6月にチッチが監督に就任すると、以後は7連勝を記録、今年3月、世界に先駆けて予選突破を決めました。
日本戦前日の会見では、記者たちから所属クラブでの問題について質問攻めにあったFWネイマールをかばい、「彼との付き合いはわずか1年半だが、素晴らしい人間性をもっており、その言葉は信じるに足るものだと確信している」と話し、感激したネイマールが思わず涙を流すシーンもありました。
おそらく、チッチは誰と対しても相手の価値を認め、それを言葉や態度で示すことができる人なのでしょう。だからこそ、選手たちが信頼し、彼の言葉どおり、「チームのために戦うブラジル」が誕生し、成功したのでしょう。たくさんの監督の言動を見てきましたが、これほどリスペクトの心を表現できる人は初めてでした。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
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