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名前を呼ぼう ~いつも心にリスペクト Vol.26~
2015年06月29日
私が監督をしている女子チームでは、新しいメンバーが入ってくると、決まって一番はじめにすることがあります。名前を聞き、「どう呼んでほしい?」と希望をたずねるのです。
名前を呼ぶことはコミュニケーションの第一歩。みんなで使うことのできる短く明確な呼び名を決めておくのは、サッカーチームではとても大事なことです。
女子選手の多くは名字ではなく名前で呼ばれたがります。しかし中には思いがけない希望を出す選手がいます。小柄でおっとりした「平安時代顔(?)」。どう見ても日本人で、本名も普通の日本名前なのに「キャシーと呼んでください」。大学時代に同級生からつけられたニックネームで、同姓のタレントから生まれたものでした。
希望に沿えないこともあります。「なつき」という選手がいたところに「なつみ」の希望者がはいってきました。「区別がつきにくい」とみんなに却下され、結局名字の一部を使うことになりました。
古来、日本には声に出した言葉が現実に影響を与えるという「言霊思想」があり、関連して人の本名を呼ぶのは無礼という習慣ができあがりました。それは現代も続いており、上司や目上の人に呼びかけるときには役職名などを使うのが礼儀となっています。
しかしサッカーではありとあらゆる手段を使って互いにコミュニケーションを取る必要があります。「アイコンタクト」の重要性がよく説かれますが、コミュニケーションの基本の基本は「声をかける」ことです。そのときに名前を呼ぶことがとても大事なのです。
パスを受けようとするときにはボールを保持している選手の名前を呼び、パスを受けられる自分がここにいることを教えます。そしてパスを出す直前には、受けるべき選手の名前を呼び、「行くよ!」と知らせます。この二つを習慣化することが、サッカーの重要な基本だと、私は思っています。だから口やかましく名前を呼ぶことを要求します。
ところで私のチームにはもうひとつ「約束ごと」があります。練習や試合の場では名前に「さん」などの敬称をつけないことです。試合中に「○○さん」などとやっていてはタイミングがずれてしまいます。新しいメンバーには「さんは禁止だ」と厳しく言います。
先輩や年上の人を「さん」付けで呼ぶのは日本人としては当然のことで、普段の社会生活では相手へのリスペクトを表す行動様式として定着しています。それだけに急に「さん」抜きで名前を呼びなさいと言われても心理的な抵抗があるのでしょう。慣れるのに時間がかかる選手も少なくありません。
さて、もう50年以上も前、私が中学に進学して間もないころ、校長先生に突然校庭で呼び止められました。叱られたわけではありません。校長先生は「オースミくん、学校には慣れましたか」と、優しく話しかけてきたのです。
新入生は180人もいます。そのひとりの目立たない生徒の名前を、校長先生はもう覚えてしまったのでしょうか。驚いてそのことを尋ねると、「入学式前の1週間、新入生全員のカードと写真を見て、一生懸命に名前を覚えたんだよ」と話してくれました。
名前を呼ばれて、私は誇らしい気持ちになったと同時に、急に責任感が重くなったように感じました。相手が自分のことを知っている、見ているということに気づいたからです。
それは、校長先生と新入生という立場だけでなく、名前を呼び合うことによって生まれる基本的な関係ではないでしょうか。そうです。名前を呼ぶということは、相手に対する「リスペクト」を示すことなのです。
先生と生徒という関係でも、同じチームの選手同士という関係でも、変わりはありません。相手の存在と価値を認め、互いにリスペクトのある人間関係を築く意思があることを示すのが、「名前を呼ぶ」という行為であると、私は考えています。
力を合わせてひとつの試合を戦うサッカーでは、互いのリスペクトはなくてはならないものです。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
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