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大事なのは人 ~いつも心にリスペクト Vol.16~
2014年09月02日
ピッチに入るとき、また出るとき、グラウンドに向かって礼をするのは、日本のサッカーにだけある風習ではないでしょうか。武道などからきたものでしょうが、子どものころに受けた指導をJリーグや日本代表でも続けている選手もいます。
プレーができるのはグラウンドがあるから。そのグラウンドに感謝の念をもとうという指導は、とてもいいと思います。
まだまだ土のグラウンドが多い日本。練習や試合が終わったら、感謝の念を込めてブラシやレーキで整備し、次に使う人が気持ち良く使えるようにするという作業も、サッカーをする少年少女たちの心を育てるのにとても役立ちます。人工芝のグラウンドにはない良さですね。
ただ、グラウンドの前に気を遣わなければならない存在があるのも、忘れてはならないでしょう。
ずいぶん前のことですが、ある日、私が監督をしている女子チームは大きなスポーツ公園のグラウンドで練習をしていました。20人ほどのチームですから、常にピッチ全面を使うわけではなく、そのときには半面だけしか使っていませんでした。
空いている半面を、ひとりの大柄な「紳士」が歩いてくるのに気づいたのはそのときでした。サッカーではなく、他の競技の服装をしていました。実際、その人が歩いていく先には、その競技専用に使う別のグラウンドがありました。私たちの使っているグラウンドを突っ切っていくのが、そこへの近道だったのです。
いくら空いているとはいえ、正式な手続きを踏み、使用料を払って借りて、実際に練習を行っているグラウンドの真ん中にずかずかと遠慮会釈なくはいってくるのは失礼な人だなと、私は感じました。しかし選手たちは練習に集中しています。私は何も言わないことにしました。
ところが、女子サッカーがまだ珍しかった当時、サッカーをしているのが女性だと気づくと、彼は歩きながらまるで値踏みでもするようにじろじろと私たちの練習を見始めたのです。その下劣な品性に、短気な私は思わずカッときました。しかしそこに選手たちの元気で前向きな声。私は頭に上った血を冷まし、もう一度がまんすることにしました。
しばらくして振り返ると、彼はちょうど彼が使うグラウンドの入り口にたどり着いたところでした。彼が一番乗りだったらしく、グラウンドにはまだ誰もいません。
すると彼は、そこで直立し、かぶっていた帽子を右手で取ると、深々と頭を下げて無人のグラウンドに一礼したのです!
私は呆然としました。彼は「失礼」な人などではなく、グラウンドに礼をするほどの立派な「紳士」だったのです。ただ、彼にとっての「リスペクト」の対象が、隣のグラウンドで一生懸命にサッカーの練習している私たちという「人間」以上に、彼がこれから使うグラウンドだったということだけなのです。
礼儀や作法というのは、人間と人間の間の互いの「リスペクト」の気持ちをその社会で定められた形をもって表現し、人間関係をスムーズにしようというものです。「形」自体に大きな意味はありません。同じように価値をもった人間同士として認め合うこと、それを示し合うことに重要な意味があると、私は思っています。
最近主審の指示の下に行われている試合前後の両チーム選手間のあいさつや握手も、形を強いるだけではいけません。正しい作法(相手の目を見て、手はしっかり握る)を教え、意味を理解させて、それを実践できる人間にすることが重要だと思うのです。
グラウンドに礼をする選手やチームを見るのは、不愉快ではありません。日本のサッカーの良さであり、続いてほしいと願っています。しかし何より大事なのは「人」であることを見失ってはいけません。立場の違いを超え、周囲の人に「リスペクト」の心をもち、それを表現することが大事です。決して、「グラウンドを横切る紳士」になってはいけません。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
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