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リスペクトは鏡 ~いつも心にリスペクトVol.12~
2014年05月01日
「大切に思うこと」、すなわちリスペクトは、「思う」ことだけでは十分ではない。
リスペクトとは、いろいろな人と人の間(場合によっては人と物との間も含む)に互いを大切に思う心を育て、社会の価値や個々の人生の価値を高めてくれるもの。であれば、「大切に思う」だけでなく、「大切に思っていることを表現し、相手に知らせること」がとても大事になってくる。
相手からリスペクトされていると感じれば、当然、相手にも敬意を返そうと思うのが人間というものだからだ。
昨年のJリーグでとても印象的なシーンを見た。
7月に埼玉スタジアムで行われた浦和レッズ対FC東京。首都圏の人気チーム同士の対戦であり、同時に、浦和のミハイロ・ペトロヴィッチ監督と東京のランコ・ポポヴィッチ監督(現在はセレッソ大阪監督)は同郷のライバル。当然、激しい試合になった。ハードタックルの応酬に、前半から両監督はテクニカルエリアで「いまのは反則だろう!」「なぜイエローカードが出ないんだ?」と大げさなジェスチャーを交えて抗議を繰り返した。
試合を担当していたのは木村博之主審。1982年1月30日生まれ、当時は31歳。若い主審だ。しかし北海道で日本郵便に勤めながら日本サッカー協会の「レフェリーカレッジ」を卒業、2006年に24歳で1級審判員になると、2008年からJ2、2010年からJ1を担当し、2012年にはプロフェッショナルレフェリーとなった(2014年からは国際主審)。若くてもキャリアは十分。自信をもって笛を吹いていたに違いない。
2人の監督、とくにポポヴィッチ監督の猛抗議を、木村主審はしばらく聞き流していた。しかし前半の半ば、それがあまりに頻繁になると、プレーがきれたところを見計らってポポヴィッチ監督のところに走り寄った。
こうした場合、主審は強い態度で臨む。そして問答無用とばかりに、「判定するのは私だ。黙れ!」という姿勢を、ジェスチャーを交えて示す。木村主審もそうするのだろうと思っていた。
ところが、彼はまずポポヴィッチ監督の話を聞いたのだ。この年にはまだテクニカルエリアでの通訳帯同が認められていたから、通訳が訳す監督の意見に10秒ほど耳を傾けた。そして2回ほど軽くうなずいた。そのうえで、「私が責任をもって見ています」とでも言うように、右手で自分の左胸をポンポンと叩いた。さしものポポヴィッチ監督も、「わかったよ」と小さく両手を挙げるしかなかった。
試合は後半はじめまで0-2とリードされていた浦和が終盤の連続得点で追いつき、一挙に盛り上がった。浦和のペトロヴィッチ監督も気合いが入り、選手同士がぶつかるごとに大声を上げた。
すると木村主審はペトロヴィッチ監督にも、前半にポポヴィッチ監督にしたように、まず話を聞き、それから「任せてください」というジェスチャーを見せた。ヒューマニストであるペトロヴィッチ監督は、息子のような年の木村主審からそう諭され、熱くなっていたことを恥じるかのように、「きみに任せたよ」という態度を見せた。
主審の権威は、競技規則第5条で明確に裏付けられている。監督であろうと、試合中に異議を唱えることは許されていない。しかしその権威を振りかざすだけでは、主審の最大の責務である「試合のコントロール」はできない。
木村主審の行動は、まず相手の話を聞く態度を示してから自分の意見を言うことで説得する、「コミュニケーション・テクニック」のひとつと見ることもできる。
しかしそれ以上に、人間として、同じピッチで良い試合を実現しようとしている仲間として相手をリスペクトし、そして何よりもリスペクトしていることを自らの態度で表現したことが、相手から自分へのリスペクトを引き出す結果を生んだのだと思う。
リスペクトは「鏡」のようなものだ。自らが相手へのリスペクトを示せば、相手からもリスペクトが返ってくる。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
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