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バニシング・スプレーは是か非か ~いつも心にリスペクト Vol.15~
2014年07月29日
ブラジルで開催されたFIFAワールドカップで新しいものが2つありました。科学技術でゴールインかどうかの判定をする「ゴールラインテクノロジー」と、ゴールに近いFKのときにボールの位置とそこから9.15mの距離を示す「バニシング・スプレー」です。どちらも大きな効果を発揮しました。
そのバニシング・スプレー、発案はアルゼンチン人ジャーナリストのパブロ・シルバという人だそうです。自分自身の試合でFKをけったところ、ける直前に「壁」が近づいてきて得点できなかった悔しさから、塗料メーカーと研究して1分で消えるスプレーを開発したというのです。2007年のことだったといいます。
「すべての相手競技者は、9.15m(10ヤード)以上ボールから離れなければならない」
競技規則の第13条に、はっきりとそう書かれています。サッカーをプレーしている人なら誰でも知っている距離です。プロ選手だったら、試合のなかでどんなに熱くなっていても、「9.15m」がどれくらいの距離か、だいたいわかるはずです。
しかし実際の試合では、FKになるとまずボールの近くに立ってすぐにけるのを妨害し、そうしている間に7mから8mのあたりに壁をつくります。すると主審は、笛を吹くまでけらないようにと注意を与えてから歩測して壁を9.15mまで下げ、そこでようやく笛を吹き、攻撃側にけるよう促します。
ところが話はそこで終わりません。攻撃側がける前に、壁をつくっている選手たちは足踏みをしながらじわじわと前進し、ひどいときには数十センチもボールに近づいてしまいます。壁のぎりぎりを狙ってくるFKが影響を受けるのは当然です。ときには主審が守備側をもういちど下げるために再度笛を吹いてFKを止めなければならないこともあります。逆に攻撃側がボールを動かし、有利にしようとするときもあります。
こうした光景はプロに限らず少年サッカーまで当たり前のように行われ、サッカーファンにとっては「儀式の一部」のように思われているフシさえあります。
ところがサッカーをあまり知らない人が見ると、「なんてひどいんだろう」とびっくりするのです。
ラグビーでもアメリカンフットボールでも、プレーが止まった後のボールの位置は非常に厳格で、選手たちは離れなければならない距離などをしっかりと守ります。ルールを守る(リスペクトする)ことで競技が成り立つことを、プレーするすべての人が知っているからです。
ワールドカップで使われた「バニシング・スプレー」はサッカーでもこうしたことを厳格に守らせ、競技の進行をスムーズにしようと考案されたものです。結果は明白でした。守備側の選手たちはピッチ場にはっきりと白く引かれた線から前に出ることができず、攻撃側もボールの位置を動かすことができず、結果として双方がルールをリスペクトする形で行われたのです。
しかし私は、これを手放しで喜び「バニシング・スプレーはすばらしいから日本でも使おう」という気には、どうしてもなれません。
ルールにははっきりと「9.15m以上離れなければならない」と書いてあるのです。それを守らないことが前提の「バニシング・スプレー」は、「サッカーの恥」だと思うのです。子どもにもわかることを守ることができず、子どもたちまで当然のようにそれをまねしているのは、明らかに「間違った文化」ではないでしょうか。
世界ではどうしているとか、国際試合で困るというようなことは問題ではありません。私たちは、サッカーをすることで人生のなかで大切な何かを得ようとしています。その大前提として、わずか18条しかない競技規則にリスペクトを払い、それに従って行動するのは当然のことではないでしょうか。リスペクトされていないのは第13条のこの項目だけではありませんが、バニシング・スプレー使用の議論をする前に、この「間違った文化」をなんとかする努力を払う必要があると、強く思うのです。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
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