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カップファイナルの激闘の中で ~いつも心にリスペクト Vol.153~
2026年02月25日

2015年の1月にオーストラリアでAFCアジアカップが行われたとき、メルボルンの「レクタンギュラー・スタジアム」で面白い光景に出合い、目を奪われました。
夜のゲームだったのですが、たくさんのカモメがプレー中のスタジアム内を低空で飛び回り、ときにプレーが行われていないエンドのピッチに何十羽もが舞い降りてしまうのです。プレーが近づいてくるといっせいに飛び立ち、逆のエンドに逃げていきます。しかし照明の下で緑に輝く芝が好きなのか、飛び去る気配はありません。
試合は準々決勝進出をかけたウズベキスタン×サウジアラビア。カモメなど気にしているヒマはないとばかりに、選手たちがまったく意に介さず、プレーに集中していたのにも感心しました。
「メルボルンは海に近く、スタジアムのすぐ南に海につながる大きなヤラ川が流れていて、それに沿ってカモメが飛んでくる。しょっちゅうこんな状況になるんだよ」
オーストラリア人の記者に聞くと、そんな解説をしてくれました。
さて、それから約2年後の2016年11月、このスタジアムでオーストラリアのFFAカップの決勝戦が開催されました。日本でいえば天皇杯の決勝戦です。「メルボルン・シティ×シドニーFC」。この国を代表するビッグクラブ同士の対戦で、試合は白熱しました。
「事件」が起きたのは、メルボルンがFWティム・ケイヒルのヘディングシュートで先制した直後の後半13分でした。自陣でボールを保持したシドニーはゆっくりとビルドアップを始め、右センターバックのセバスチャン・ライオールが左にパス。そのボールが、芝生を歩いて餌を探していたカモメを直撃してしまったのです。
ボールは味方に渡り、シドニーが攻撃を展開しようとします。しかしそのとき、GKのダニー・ヴコヴィッチが両手を挙げて何かアピール。ボールに当たったカモメが倒れたままだったのです。両チームのプレーの緊張が一瞬緩み、それを見たピーター・グリーン主審が笛を吹いて試合を止めます。
するとヴコヴィッチはグローブをはめたままの両手でカモメをそっと抱えると、小走りにタッチラインまで走っていきます。補助役員が受け取ろうと走り寄りますが、ヴコヴィッチはそれを制し、自分でタッチライン外の安全なところまで運んで芝生の上にやさしく横たえたのです。
観客席からは、メルボルンのサポーターたちの間からも、盛大な拍手が送られます。そしてヴコヴィッチがポジションにつくと、グリーン主審はドロップボールで試合を再開しました。
前半から劣勢だったシドニー。ついに失点を喫し、チームとしては反撃に出なければならない時間でした。「カップファイナル」、1年に何度もない重要な試合です。その激闘のさなかの、小さな命を優先する心温まる光景。ヴコヴィッチが両手でカモメを大事そうにもって走る姿に、誰もがほほ笑んだ時間でした。
ダニー・ヴコヴィッチはシドニー出身。オーストラリアだけでなくトルコやベルギーの強豪クラブでプレーし、オーストラリア代表歴もあるゴールキーパーです。2014年3月には、シーズンオフとなったオーストラリアから当時J1のシーズン中だったベガルタ仙台に移籍。しかしJ1リーグの出場はかなわず、ナビスコカップの2試合(アウェイ清水戦とホームFC東京戦)に出場しただけで、5月に帰国しました。
ヴコヴィッチに「保護」されたカモメは、本部の役員がやさしくさすっている間に回復し、試合半ばで飛び立って仲間のところに帰っていったそうです。重要な試合の白熱した状況の中でも人間的な優しさを失わず、プロサッカー選手というより一人の人間として行動したヴコヴィッチは、多くの人から称賛を浴びました。そしてこの決勝戦は、「メルボルン、カモメの決勝」として今でも語り継がれているそうです。
新しい年、2026年を迎えました。この一年が、笑顔と幸福感に満ちた、素敵な「サッカーの年」になりますように!
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2026年1月号より転載しています。
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