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究極の責任感 ~いつも心にリスペクト Vol.145~

2025年06月25日

究極の責任感 ~いつも心にリスペクト Vol.145~

Jリーグで「判定基準」が話題になっています。

日本サッカー協会(JFA)の審判委員会は、技術委員会やJリーグとの話し合いの下、「よりたくましい試合」にするため、ファウルとそうでないものの見極めをこれまで以上にしっかりしようとしています。激しいぶつかり合いがあって一方が倒れることがあっても、ファウルとは言い切れないものについては、簡単には笛を吹かず、プレーの続行を促しているのです。

最初は倒れたまま「ファウルだろう?」という顔をしていた選手たちも、節が進むに従ってすぐに立ち上がり、次のプレーに移っていこうとしています。「過渡期」には多少の混乱はつきものですが、かつてはすぐにばたばたと倒れる選手が多かったJリーグが、チーム(選手)とレフェリーの協力によって、世界に通じるたくましいリーグに変わりつつあるように感じます。

さて、その一方で、残念なことですが、「反則だ」とレフェリーにアピールするためなのか、倒れたままなかなか起き上がらない選手もまだ見られます。たしかに痛いかもしれませんが、大けがでないことは、本人が一番よく分かっているはずです。レフェリーが試合を止めて寄っていき、「大丈夫ですか」と聞くと、やおら起き上がって「ファウルじゃないか」とかみつくのです。

こういう選手を見ると、私はいつも、もう20年近くも前の1人のイングランド代表選手の行動を思い起こします。2006年FIFAワールドカップ・ドイツ大会のグループステージ、ケルンで行われたスウェーデン戦でのイングランドFWマイケル・オーウェンです。

B組の第3節。両チームともラウンド16進出を決めていましたが、勝ったほうが1位になるという試合でした。スウェーデンのキックオフで試合が始まってわずか50秒、思わぬアクシデントが起こります。相手陣、左タッチライン方向に開いて動きながらパスを受け、内側にサポートにくる味方にパスを通したオーウェンが、相手と接触したわけではないのにおかしな倒れ方をして、苦痛の表情を浮かべて右ひざを押さえたのです。

私が何より驚いたのは、オーウェンが倒れたことではありませんでした。ひどいけがをしたのは明らかなのに、なんと、オーウェンはすぐに体を回して「四つんばい」になり、数メートル先のタッチライン外に転がり出たのです。

その間、イングランドは平然とパスをつなぎ、主審のマッシモ・ブサカ氏(スイス、後に国際サッカー連盟〔FIFA〕の審判委員長になりました)もプレーを続けさせました。

すぐにイングランドのドクターが飛んできて状態を見、オーウェンは担架で搬出されました。右ひざの前十字じん帯断裂、復帰まで10カ月という大けがでした。

私のいた記者席のすぐ下での出来事でした。その後のプレーの流れよりも、私はオーウェンの行動に目を奪われました。取材ノートには、「自分で這って出る」と驚きの気持ちが書かれています。

私が感じたのは、「自分のせいで大事な試合を止めてはならない」というオーウェンの強い「責任感」でした。倒れたまま大げさに痛がり、まるで駄々っ子のようにピッチに寝転んでいる選手ばかりをJリーグで見てきた私にとっては、驚き以外の何ものでもありませんでした。そして「すごいな」という思いが湧いてきました。

マイケル・オーウェンは20歳で1998年のワールドカップ・フランス大会に出場、「ワンダーボーイ」と称賛され、スピーディーで思い切りの良いプレーで絶大な人気をもっていました。

しかし彼を本物の「スター」にしたのは、イングランド代表89試合40ゴールという類いまれな実績だけではありません。このときの行動で明らかなように、試合に対する「究極の責任感」、自分が人生をかけているサッカーというゲームを大事にしたい、誰が見ても心から楽しめる、本当に価値のあるものにしたいという思いが、見る人すべてに伝わっていたからだと、そのときに理解したのです。

寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)

※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2025年5月号より転載しています。

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