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思いがけない握手 ~いつも心にリスペクト Vol.142~

2025年03月25日

思いがけない握手 ~いつも心にリスペクト Vol.142~

思いがけないタイミングで思いがけない言葉をかけられ、握手を求められたことに、猶本光選手(三菱重工浦和レッズレディース)も驚いたのではないでしょうか。

1月18日に京都府亀岡市の「サンガスタジアム by KYOCERA」で行われた皇后杯 JFA 第46回全日本女子サッカー選手権大会の準決勝、INAC神戸レオネッサ戦のことです。終盤の後半44分、タッチラインに猶本選手が立ち、塩越柚歩選手との交代を待ちます。

そのときです。ピッチに向かって右側、I神戸のテクニカルエリアを出て、ジョルディ・フェロン監督が猶本選手に歩み寄り、声をかけ、握手を求めたのです。猶本選手ははっと背を伸ばして握手に応えると、出てきた塩越選手とタッチし、「1年ぶり」のピッチに飛び出していきました。

猶本選手は福岡県南部、佐賀県に隣接する小郡市の出身。兄の影響で小学1年生のときにサッカーを始め、中学から高校にかけて福岡市の「福岡J・アンクラス」でプレー、年代別日本女子代表にも選ばれました。2012年に筑波大学に進学すると同時に浦和レッズレディースの一員となりました。18年から19年はドイツのフライブルクでプレー、20年に浦和レッズに戻ってプロの「WE」リーグ時代を迎えました。

なでしこジャパン(日本女子代表)には14年から継続的に選出され、24年はパリオリンピックを目指して新年を迎えました。ところが1月20日の皇后杯準決勝で大きな悲劇に襲われます。後半立ち上がり、左膝前十字靱帯損傷という大けがを負ってしまったのです。

サンフレッチェ広島レジーナと対戦したこの試合では、浦和は前半にチームの大黒柱である安藤梢選手がやはり膝を痛めて交代、1試合で2人の中心選手を失いましたが、延長・PK戦の末に勝利をつかみ、決勝に進出しました。しかし決勝ではI神戸に1-1から逆にPK戦で敗れ、準優勝に終わります。

猶本選手はこの決勝の前日、1月26日に手術を受け、復帰に向けて第一歩を踏み出します。しかし「全治8~10カ月」といわれた大けがで、夏のパリオリンピックはもちろん出場できず、復帰のためのリハビリとトレーニングは1年間近くに及びました。ようやく公式戦のベンチに入ったのが、1年後、今年度の皇后杯準決勝だったのです。

I神戸のジョルディ・フェロン監督はスペイン・バルセロナ生まれの指導者。右サイドバック、あるいはMFとして年代別のスペイン代表にも選出され、2000年のシドニーオリンピックでは銀メダル獲得に貢献しました。しかしクラブではなかなか良い結果を残せず35歳で引退して指導者の道に入り、15年からスペインでいくつかのクラブチームで監督を務めた後、23年夏にI神戸の監督に就任しました。

そして就任わずか半年で皇后杯優勝という大きなタイトルを獲得します。しかしその一方で、決勝を戦った浦和に安藤選手と猶本選手、中でもなでしこジャパンの猶本選手がいなかったことは残念だったに違いありません。

タッチラインで交代を待つ猶本選手の姿は、NHK BSの生放送にも映されていました。そこに画面の向こうからフェロン監督が歩み寄ってきたのです。I神戸も交代かなと思ったら、フェロン監督は猶本選手に声をかけ、握手を求めたのです。それは一瞬のことでしたが、とても感動的なシーンでした。

強い意志で大けがを乗り越え、ピッチに戻ってきた一人の選手に、フェロン監督は、チームの別を超え、一人の「サッカー人」として祝福の思いを伝えたかったのでしょう。その祝福を素直に受けた猶本選手の姿も印象的でした。

アディショナルタイムは4分間以上。「トップ下」に入った猶本選手は力強く走り、きわどいシュートも放ちました。プレーが切れるたびにアップで映される表情は、「サッカーができる喜び」に満ち溢れていました。そして試合後には、フェロン監督の言葉と握手を思い出していたかもしれません。

寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)

※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2025年2月号より転載しています。

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