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リスペクトにあふれた引退会見 ~いつも心にリスペクト Vol.104~
2022年01月26日
シーズン終盤、たくさんの選手の去就が話題になります。移籍する選手、引退する選手…。長年プレーしたクラブから離れ、人生の新しい第一歩を踏み出すことは、選手人生でもとても大きな出来事です。そうした選手たちは、例外なく、感謝の言葉を語ります。
振り返れば、自分がサッカーに集中して取り組むためにどれほどたくさんの人の援助を受け、支えられてきたか――。無我夢中に走っているときには気づかなかったことが、立ち止まったり、進路を変えようというときになって、大きく浮かび上がってくるのでしょう。引退する選手、あるいはクラブを離れていく選手の会見が多くの場合美しいのは、感謝の言葉にあふれているからに違いありません。
今年、私がとりわけ感銘を受けたのは、11月14日に引退を発表した浦和レッズの阿部勇樹選手の会見でした。
阿部選手は1981年9月6日生まれ、40歳。高校2年生のときにジェフユナイテッド市原(当時)でJリーグにデビューし、高校3年時から完全なレギュラーとして活躍、今シーズンまで、実に24シーズンをプロの舞台で戦い、その間に日本代表(53試合)を含めると実に900近い公式戦に出場してきました。
2007年に移籍加入して以来、1年半イングランドでプレーした時期を除いて14シーズンもプレーし、2007、2017年と2回にわたってAFCチャンピオンズリーグ(ACL)優勝に貢献した阿部選手の引退発表に、浦和レッズは特別な「舞台」を用意しました。昨年の3月来、例外なく続けられてきた「オンライン会見」ではなく、さいたま市内のホテルに会見場を用意し、数十人の報道陣を集めたのです。
スーツ姿で登壇した阿部選手は、中学生のころから鍛え、プロになる道を拓いてくれたジェフユナイテッド市原・千葉と、たくさんの人に支えられてプレーができた浦和レッズへの感謝を語りました。特に浦和レッズでは、公私両面で助けてくれたチームマネジャーの水上裕文さんの名を挙げ、「水上さんがいなければ、ここまで長くプレーできなかった」と、言葉を詰まらせながら語りました。
そして何より、21歳の阿部選手をジェフ市原のキャプテンに抜てきし、「自分に何が足りないかを考えるきっかけを与えてくれた」イビチャ・オシム監督と、浦和レッズ時代に「サッカーの楽しさ、面白さを教えてくれた」ミハイロ・ペトロヴィッチ監督に対する感謝を語り、「これからは二人を目標に指導者になる。指導者の道に行かないと、いままで教えてもらったたくさんの監督たちに失礼になる」と、阿部選手ならではの表現をしました。
しかし私が最も感銘を受けたのは、予定時間を大幅にオーバーして全ての質問に阿部選手が誠実に答えた後に、浦和レッズが用意した「サプライズ」でした。
アメリカ大リーグのシンシナティ・レッズで活躍する秋山翔吾選手(元西武ライオンズ。阿部選手と交友があるそうです)が花束を持って現れたのには驚きましたが、その後にやはり花束を手に登壇したのは、大柄な秋山選手とは対照的に小柄で地味な紳士でした。
大木誠さん。阿部選手がジェフユナイテッド市原のジュニアユースに入ったときの指導者です。当時、Jリーグで最も充実し、次々と好選手を輩出していたジェフ市原の育成部門の中心的なスタッフの一人でした。
浦和レッズが力を入れて開催した会見。もしかしたら、浦和レッズやそのサポーターばかりに向けられたものになるのではないかと懸念していました。しかしそれはまったくの杞憂(きゆう)でした。阿部選手を育てたジェフ市原というクラブへのリスペクトを、浦和レッズは忘れていなかったのです。
大木さんが会見の最後に登場したことで、会見の雰囲気は大きく変わりました。阿部選手の感謝の気持ちがさらにクローズアップされ、立場を超えたリスペクトが表現された会見。出席した報道関係者も、ネット配信で見た人も、誰もが温かい気持ちになったのではないでしょうか。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2021年12月号より転載しています。
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