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ポジティブな言葉が生むもの ~いつも心にリスペクト Vol.102~
2021年11月30日
サッカーの母国であるイングランドのサッカー協会の正式名称は「ザ・フットボール・アソシエーション」で、略称は「ザ・FA」です。1863年に最初のルールを制定してこの協会を設立したときには世界でひとつだったので、この名称で良かったのです。
「FA」は「リスペクト」の運動に力を入れて推進している組織として世界的に知られています。最近、その公式サイトで面白い動画を見つけました。イングランド代表のガレス・サウスゲート監督が少年チームを指導し、大人(多くはビール腹のおじさんです)のチームとフットサルの試合をするという設定です。
サウスゲート監督は、少年たちを褒め、励まし、勝利に導きます。一方の大人のチームは、監督から怒鳴られ、叱られ、最後には互いに文句を言ったり、レフェリーに不満の声を上げるなど、散々な試合になってしまいます。
実はこの大人のチームの監督は、サッカーはまったくの素人の俳優。選手たちへの言葉は、あらかじめ用意された「ネガティブ(否定的)」なものばかりでした。この動画の目的は、ポジティブ(肯定的)な言葉がいかに積極的な好プレーを生み出すか、逆にネガティブな言葉がいかに選手たちのやる気を削ぐか、その対照ぶりを見てもらうことにあったのです。
試合を前に、サウスゲート監督は、「試合を楽しんで。きみたちに何ができるか、僕に見せてほしい。お互いに励まし合おう」といった言葉で選手たちを送り出します。そして試合が始まると、繰り返しポジティブな言葉をかけるのです。
私が最も感心したのは、その言葉がとても多彩だったことです。
「よいプレスだ」
「ウエルダン(よくやった)」
「グレートセーブ!」
「スーパーな突破だ」
「ナイスフィニッシュ」
「なんてグレートなパスだ」
「ラブリー(素敵)なパスだ」
「とてもいいぞ」
それはとてもサッカーの指導者の言葉には聞こえませんでした。まるでテレビ中継のコメンテーターができる限りの形容詞を用意しておいて試合で使っているように聞こえました。
しかしこうした褒め言葉に選手たちは気分が良くなったのか、どんどん良いプレーが生まれます。
私も、監督をしている女子チームの練習や試合などで、できるだけ良いプレーを褒めようと思っています。しかしその多くは「ナイス」になっています。文章を書いて伝えるという仕事をしているのに、グラウンド上での褒め言葉は実に貧弱だと、口から「ナイス」が出るたびに恥ずかしく思うのですが、次に好プレーがあると、また「ナイス」が出てしまうのです。
近年の日本のコーチたちが多用するのは「グッド」です。ごくたまに「エクセレント」という最上級のほめ言葉を聞きますが、日本のコーチたちの褒め言葉の95%以上は「グッド」ではないでしょうか。
日本代表監督を務めたイビチャ・オシムさんの褒め言葉は「ブラーボ」でした。大声を出すでもなく、つぶやくように言うこの言葉を聞くと、選手たちは天にも昇る気持ちになったそうです。
言葉の多彩さ自体は付随的なものかもしれません。大事なのは、良いプレーをどんどん褒め、選手たちをポジティブな気持ちでプレーさせることです。しかしサウスゲート監督の褒め言葉の多彩さは、彼がもっている「ポジティブな意識」の多彩さ、幅広さの現れのようにも思えます。そして「グレート」とか「スーパー」とか「ラブリー」などと言われたら、選手たちのやる気が百倍になるのではないかと思うのです。
かつて、相手チームの若い監督が、試合中に選手の良いプレーを見て「やべー!」と言ったのを聞きました。そのときは正直変な気持ちがしましたが、いま思うと、言われた選手はきっと喜んだでしょう。
改善点を指摘するときも、サウスゲート監督はこんな話し方をしています。
「よくやってるぞ。ほんの少し早くポジションに戻れたらいいな。でもよくやってるぞ」
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2021年10月号より転載しています。
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