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グラウンド整備という文化 ~いつも心にリスペクト Vol.84~
2020年06月24日
ほんの数分前まで懸命にボールを奪い合いゴールを狙い合っていた両チームのプレーヤーたちが、まるでひとつのチームのように並んで「トンボ」と呼ばれる道具を引っぱって歩いています。日本ならでは、土のグラウンドならではの光景。私はいつもその美しさに見とれてしまいます――。
正式には「グラウンドレーキ」というのでしょうか。私たちは昔から「トンボ」と呼んできました。木や金属でつくられたT字型の用具。80センチほどの「Tの横棒」の部分を地面に置き、1メートル50センチほどの「縦棒」を引っぱって、試合で荒れたグラウンドを平らにならします。
サッカーグラウンドは68メートル×105メートルの広さがありますから、仮に20人でいっせいにやったとしても、軽くはないこの道具を引っぱってグラウンドを2周以上歩かなければならない(走ると平らにすることができません)ことになります。その時間を見越して、グラウンド使用時間の10分ほど前には試合を切り上げます。そして試合終了のホイッスルが鳴ったら、あいさつもせず両チームのプレーヤーが道具置き場のところに走っていって「トンボ」を取り出し、グラウンド整備を始めるのです。
「グラウンド整備」でいつも見事だなと感心するのは、野球のプレーヤーたちです。少年用、大人用のグラウンドを問わず、どこもとてもていねいに整備されています。ピッチャーズマウンドの周囲をきれいな丸の形に整備してあるのを見ると、グラウンドに対する彼らの愛情や感謝を感じます。
ほとんど「文化」にまでなっている(と私は感じます)野球グラウンドの整備の習慣がいつ始まり、どう受け継がれてきたのか、私は知りません。しかしサッカーグラウンドの整備は野球を手本にしたのではないかと想像しています。
空き地があればそこに芝生が広がり、国土が「総芝生」のようになっているイングランドには、「トンボ」のような道具さえないのではないでしょうか。グラウンド整備は、長い間、基本的にグラウンドが土だった日本サッカー特有のもののような気がします。
しかし日本でも、最近は少年少女や「グラスルーツ」のプレーヤーが使うグラウンドが次々と人工芝になり、整備など不要なことが多くなっています。Jリーグのプレーヤーたちの多くは、「グラウンド整備? そういえば子どものころにやったな」というような人が多いかもしれません。
イレギュラーのない人工芝での練習や試合が、日本のサッカーのレベルアップに貢献したのは間違いありません。ボールコントロールに苦労するピッチより、ボールから目を離してもプレーを続けられる人工芝のピッチのほうが、はるかにプレーヤーのアイデアを生かすことができるからです。人工芝ならウエアや体も汚れませんし、何より雨が降っても練習や試合ができるという、土のグラウンドにはない大きな長所があります。
しかしその一方で、人工芝のグラウンドはプレーヤーたちから「グランド整備」という大切な時間や経験を奪ってしまったような気がしてなりません。
疲れた中、重い「トンボ」を引っぱって広大なグラウンドを整備するのは、非常に「しんどい」作業です。もしかしたら、中には、嫌々やっているプレーヤーもいるかもしれません。しかし私は、多くのプレーヤーが「トンボ」を引きながら次第にきれいになっていくグラウンドを見て、自分自身をほめてやりたいような誇らしい気持ちを感じているのではないかと思っています。
きちんと整備されたグラウンドに行くと、前に使った人々への感謝の念がわいてきます。使用後のグラウンド整備は、目の前にいない他の人々への心づかいの作業でもあります。それは、他の人々を大切にする「リスペクト」の姿勢がとてもよく表れたものだと思うのです。
グラウンド整備によって培われてきた日本サッカーの「文化」。それがなくなるなら、何か代わるものが必要とさえ思えるのです。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2020年4月号より転載しています。
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