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本当の友人 ~いつも心にリスペクト Vol.85~
2020年05月26日
今回の新型コロナウイルス禍の中でとてもうれしかったのが、元日本代表監督のアルベト・ザッケローニさんからのメッセージです。4月はじめに日本サッカー協会(JFA)に届き、日本中のサッカーファミリーに発信されました。
「親愛なる日本の皆さんへ」から始まるメッセージは、「私の第二の故郷である日本には、困難に打ち勝つために自己犠牲を払い、他人を思いやって行動できる多くの人たちがいることを知っています」という日本人への賛辞があり、「再び素晴らしい世界を取り戻すという同じ目標に向かって、一致団結して共に頑張っていきましょう」と結ばれています。
ザッケローニさんは、2010年、FIFAワールドカップ南アフリカ大会後に監督に就任、14年のブラジル大会まで指揮を執りました。11年AFCアジアカップを見事なサッカーで制覇、ブラジル大会では大きな期待を持たれましたが、1分け2敗という成績に終わり、厳しい批判にもさらされました。
しかし「国難」というより「人類的災厄」と言っていいこのとき、なかでも自国のイタリア自体が惨憺たる状況になっているときに、自分が代表監督として4年間を過ごした日本という国や日本人のことを思い、進んで心のこもったメッセージを寄せてくれたのには、とても感激しました。そしてこのメッセージは、「日本サッカーの父」と言われるデットマール・クラマーさんのあるエピソードを私に思い起こさせました。
JFAオフィシャルサイトに掲載された会長のウィークリーコラムで、2008年7月、退任直前だった川淵三郎会長(当時)が詳しく紹介しています。 (詳細はこちら)
1964年の東京オリンピック、日本代表は優勝候補の一つだったアルゼンチンに0-2から大逆転で3-2の勝利を飾ります。試合後、祝福に訪れるたくさんの人でごった返す日本代表のロッカールーム。しばらくすると、クラマーさんはその人たちを退席させ、選手だけを集めてこう話しました。
「今日は新しい友達を含め、多くの人々が祝福に来るだろう。今日はみんなと喜びを分かち合いたまえ。しかし、今、慰めと励ましが必要なのはアルゼンチンの選手たちだ」
そう話すと、クラマーさんはアルゼンチンのロッカールームに行ってしまったのです。
その言葉と行動の本当の意味がわかったのは、準々決勝のチェコスロバキア戦の後でした。序盤のチャンスを生かせず、日本は0-4で完敗。誰も訪れない閑散としたロッカールームで、クラマーさんはこんな話をしたそうです。
「君たちはよくやった。それは僕が一番よく知っている。今日はサッカーのことは忘れよう。しかし、今日、訪ねてくる友達は少ないかもしれないが、今日の友達こそ本当の友達だ」
調子の波に乗っているときに集まる友人たち。しかし困難に直面したときに変わらずに寄り添ってくれる人こそ本当の友人―。川淵さんのその後の人生を支えたのは、チェコスロバキア戦の後のクラマーさんの言葉だったといいます。
いま、世界中がかつて経験したことのない困難な状況に置かれています。ワクチンどころか治療薬も確定していない状況で、唯一新型コロナウイルスの脅威を食い止める方法は人と人が接触しないこと―。経済活動やすべての文化活動、スポーツ活動が停止されて最も苦しいのは、本来寄り添って暮らす生き物である人間が、そのつながりを断ち切られていることではないでしょうか。
しかし幸いにも、いまの私たちの手には、電話やメールなど、直接顔を合わせなくてもコミュニケーションを取り合う手段があります。そうした手段を使って、クラマーさんのように、辛い状況にある友人たちに「独りではないんだよ」と伝えることができます。物理的には離れていても、心を寄せ合うことができるのです。
ザッケローニさんは、心のこもったメッセージで日本サッカーの本当の友達であること示しました。私も、誰かにメッセージを送りたくなりました。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2020年5月号より転載しています。
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