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ボビー・ムーア ~いつも心にリスペクト Vol.54~
2017年11月20日
今回は、私が敬愛するサッカー選手の話をしましょう。ボビー・ムーア。1960年代から70年代にかけてイングランド代表のキャプテンを務めたDFです。
1941年生まれ。残念ながら、癌により93年に51歳という若さで亡くなりました。しかし150年を超えるイングランドのサッカー史でも最も尊敬されている人物だと思います。
身長178センチ。当時でもセンターバックとしては大きくはなく、かといって強さがあるわけでもなく、何よりも足が遅いことで知られていました。しかしゲームを読む力に優れ、ポジショニングの良さと完璧なタイミングのタックルで1966年にイングランドを地元開催のFIFAワールドカップで優勝に導き、大会のMVPに選出されました。
没後四半世紀を経てもイングランドの人びとが慕い続けるのは、彼の人格、そしてフェアそのもののプレーぶりによります。
1970年にメキシコで開催されたワールドカップでイングランドはブラジルと対戦し、0‒1で敗れました。この試合でムーアはペレとマッチアップすることが多かったのですが、試合が終わるとペレは真っ先にムーアのところに歩み寄り、ユニホームを交換しました。それは、ムーアのフェアそのものの守備と紳士的な態度に大きな感銘を受けたからでした。
「そのとき、私たちは、試合前よりもずっと、互いに相手を尊敬していることを感じたのです」
本誌の2002年1月号に寄せてくれたフェアプレーキャンペーン用の特別メッセージのなかで、ペレはこう書いています。
その4年前、66年のワールドカップ決勝戦では、こんなことがありました。
西ドイツとの死闘は2‒2で延長戦に突入。その前半11分に、イングランドはFWハーストのゴールで勝ち越します。西ドイツゴールのバーに当たって真下に落ちたものが得点と認められたのですが、その後何十年も本当にはいっていたのか、話題になった得点です。
その後の西ドイツの反撃をしのいだイングランド。延長後半も残りわずかになったとき、ムーアは相手からボールを奪い返しました。
「スタンドにけり込め!」
何人ものチームメートがそう叫びました。当時は1個のボールだけで試合が行われていました。スタンドへのけり込みは、終盤の時間かせぎの常套手段でした。西ドイツが2‒2の同点に追いついたのは90分になる寸前のことでしたから、イングランドの選手たちはそうした悪夢が再び起こるのを恐れたのでしょう。
しかしそんな卑劣な時間かせぎは、ムーアのサッカー哲学に反することでした。そして何より、彼はピッチ上のどこに誰がいて、相手がどうポジションをとっているか、すべて理解していました。ためらわずに相手陣深くにロングボールを送ると、そこにはハーストが力強く走り込んでおり、勝利を決定的にする4点目をたたき込んだのです。
1982年、香港のチームの監督として横浜に来ていたムーアに、私はインタビューする機会をもちました。30分間ほどのインタビューでしたが、彼はどんな質問にも丁寧に答えてくれ、その人格の高潔さに打たれる思いがしました。
しかしそれ以上に感激したのは、8年後、イタリア・ワールドカップでの再会でした。メディアセンターでイングランドの記者たちに囲まれているムーアを発見し、一瞬、あいさつにいこうかと思いましたが、8年も前の30分間のインタビューなど覚えているはずがないと、私は思いとどまりました。
そのときです。ムーアが私を見て、手を上げたのです。寄っていくと、「やあきみ、たしかヨコハマでインタビューしたね」そう言いながら、彼は私に右手を差し出してくれたのです。
毎日のようにインタビューを受けるに違いないスーパースターでありながら、たった30分間話しただけの相手を、古くからの友人のように扱ってくれたムーア。「リスペクト」というもののお手本を見せられた思いがしました。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
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