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岡野俊一郎さんとリスペクト ~いつも心にリスペクト Vol.50~
2017年07月20日
半世紀にわたって日本のサッカーをリードしてきた岡野俊一郎さん(第9代日本サッカー協会会長、享年85歳)が2月2日に亡くなり、5月24日にたくさんの人が集まって「偲ぶ会」が行われました。
私自身『サッカー・マガジン』でサッカー報道の仕事をするようになってから、40年以上お世話になってきました。最後にお目にかかったのは昨年の秋のことでしたが、病気に冒されていることなど忘れてしまいそうになるほどの熱弁で、約束の時間を大幅にオーバーしたほどでした。
岡野さんの話はいつも理路整然としていて、きちんとまとまっています。あるとき、1時間ほど話をうかがい、そのまま文字に起こしてみると、見事にまとまった原稿になっていたのに驚いたことがあります。
岡野さんは第二次大戦直後の日本サッカーが生んだ最高クラスのテクニシャンでしたが、家業を継ぐために就職はしませんでした。そのため所属チーム(当時は学校チームのほかは企業チームしかありませんでした)がなく選手生活を断念、国際審判員を目指していました。しかし運命のいたずらでドイツから指導にきたデットマール・クラマーさんの世話役兼通訳となり、やがて日本代表のコーチとなります。そして盟友・長沼健監督との二人三脚で、東京とメキシコの両オリンピックで日本のサッカーをこれまでにない高みに導くことになります。岡野さんが日本代表の指導に関わるようになったころ、日本のサッカーのレベルは世界から遠くかけ離れていました。それがわずか6年たらずでメキシコオリンピック銅メダルという快挙を成し遂げるのです。
1960年代、世界の情報などほとんど入ってきません。そうした中で、岡野さんは自らさまざまなチャンネルを使って情報を集めるとともに、わずかな情報の中から重要なものを見つけ出し、それをつないでひとつの体系を組み立てるという作業をしなければなりませんでした。
日本と世界の差を正確に測り、正直に認めるとともに、どうしたらその差を埋めることができるかを考え続けました。その結果が、メキシコオリンピックの銅メダルでした。クラマーさんからのアドバイスもありましたが、この時期の日本代表は岡野さんが基本的な戦略を立て、長沼さんがそれを受け入れてチームを動かすというものでした。
そうしたときに、岡野さんは対戦相手の力を過大評価することも過小評価することもありませんでした。メキシコオリンピックでは、ブラジル、スペイン、フランスといった、日本から見ればはるかに「格上」の「サッカー先進国」を相手にしたのですが、狙いどおりの結果に持ち込むことができた要因は、相手の戦力を正確に読み切ったことだったと思います。
そして日本選手には、「いまできること」を最大限に、そして90分間途切れることなくやり遂げることを求めました。
こうした姿勢をひと言で言えば、「リスペクト」ということになると思います。
相手をみくびらず、恐れず、自分たちの力を信じて全力を尽くす―。そうした態度が貫かれていたからこそ、世界から見ればまったくサッカー未開発国であった日本が銅メダルの快挙を成し遂げることができたのです。
クラマーさんの偉業はよく知られていますが、それも、クラマーさんの言葉の背景にあるドイツやサッカーの文化を岡野さんが理解して日本語にしてくれたから実現したものでした。日本代表のコーチになったころ、岡野さんには、世界のサッカーを直接見た経験、ドイツに行った経験はわずかしかありませんでしたが、想像力をフルに働かせ、相手の身になって言葉の奥深くまで理解しようという姿勢が、「名通訳」を生んだのです。
岡野さんはいつも冷静で、ときには冷徹なように見えることもありましたが、その考えの背景には、いつも他者に対するリスペクトがありました。だからこそ、サッカーを超えて世界のスポーツ界全体から高い信頼を受けたのです。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
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