ニュース
リスペクトしすぎない ~いつも心にリスペクト Vol.32~
2016年01月05日
「相手をあまりにリスペクトしすぎてしまうのが、日本人選手の大きな欠点だ」
サムライブルー(日本代表)のヴァイッド・ハリルホジッチ監督は、よくこんな不満をもらします。
相手選手やチームをリスペクトするのは、サッカーで最も大切なことのひとつと言っていいでしょう。たとえばリーグ下位のチームとの対戦だとしても最善の準備をし、勝つために全力を尽くす。こうした態度に欠け、相手を甘く見たプレーをしてしまうと、取り返しのつかない結果になります。
一方、「リスペクトしすぎる」というのは、たとえば上位のチームと試合をするとき、その名前や評判を意識しすぎ、最初から「勝てるわけがない」と消極的になってしまう状態を指します。そうなると、勝つチャンスはありません。
11月17日にカンボジアの首都プノンペンで行われたカンボジア戦は、サムライブルーの2015年最後の試合でした。
この月に発表されたFIFAランキングでは、日本は50位、アジアサッカー連盟(AFC)加盟国中3位。一方のカンボジアは183位、AFCでも46カ国中39位でした。カンボジアと日本の対戦はそれまでにわずか3試合。今年9月のFIFAワールドカップアジア2次予選(埼玉スタジアム)を除く2試合はいずれも1970年代のはじめに中立地で行われ、通算日本の3勝でした。今回の試合は初めてカンボジアのホームに日本が乗り込むという形でした。
1970年代はじめの日本代表は、メキシコオリンピックで銅メダルを獲得した後で、かなり強くなっていました。しかし現在の日本のレベルが当時よりはるかに高いのは疑問の余地がありません。完全プロ化から23年、現在は代表の半数がヨーロッパのクラブで活躍し、ACミラン(本田圭佑)、インテル・ミラノ(長友佑都)、ボルシア・ドルトムント(香川真司)といった世界的に有名なクラブでプレーする選手までいます。
一方のカンボジア代表は全員が国内リーグのクラブ所属。サッカーはカンボジアで最も人気のある競技ですが、カンボジア・リーグの選手の年俸は、欧州どころか日本のJリーグとも比較にならないほど低く、しかも現在の代表には18歳から20歳の若手がたくさん含まれているので、彼らにとっての日本代表は、たとえば日本にとってのドイツ代表のように巨大な存在だったでしょう。
しかしカンボジアの選手たちは日本のスターたちをリスペクトはしても、しすぎることはありませんでした。3万5000人の地元ファンの熱狂的な声援を受けて果敢な好守を見せ、日本が人工芝に慣れていないこともあって前半は「互角」と言っても大げさではない試合となったのです。
5-4-1のシステムでしっかり守りを固め、ボールを奪うとワントップのFWクオン・ラボラウィーに送り、そこにFWケオ・ソクペンがサポートして果敢に日本ゴールに迫ったのです。前半22分にはラボラウィーがスピードで日本の守備ラインを突破、シュートを放ちます。そして33分にはFKを受けたソクペンがボレーで日本ゴールを脅かしました。
結局、後半に日本が2点を取って2-0で勝ったのですが、果敢そのもののカンボジア代表チームは最後まで恐れずに戦いました。
試合の5日前、プノンペンに着いた私が予約した質素なホテルに行ってみると、そこにはカンボジア代表がいました。選手たちはみな明るく、訪ねてくるファンにもにこやかに応対していました。そして試合の翌朝、朝食を済ませると、選手たちは大きなバッグをかかえ、ホテル前に置いてあったそれぞれのバイク(!)で帰っていきました。その姿を見て、同じ代表選手でも日本とカンボジアでは置かれた状況が本当に大きく違うのだと、強く感じたのです。
カンボジアの選手たちは日本のスターたちがどんな世界でプレーしているのか、十分知っていました。しかし決して日本を恐れませんでした。彼らは日本をリスペクトしても、「リスペクトしすぎる」ことはなかったのです。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
公益財団法人 日本サッカー協会機関誌『JFAnews』
日本代表の情報はもちろん、JFAが展開する全ての事業、取り組みのほか、全国各地で開催されているJFA主催大会の記録、全国のチーム情報などが満載されています。指導者、審判員等、サッカーファミリー必見の月刊オフィシャルマガジンです。