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ボールは出さない。出されても返さない。 ~いつも心にリスペクト Vol.28~
2015年09月01日
本誌の前号(2015年7月情報号)に今年からJFA技術委員会育成部会長となった影山雅永さんのインタビュー記事があり、興味深く読みました。
2010年から14年まで5シーズンにわたってJ2のファジアーノ岡山の監督を務めた影山さんは、就任1年目から思い切ったことをチームで実施して大きな話題になりました。
「選手がピッチに倒れていてもボールを外に出さない。相手チームが善意で出してくれても、ボールは返さない」
どちらのチームの選手でも倒れて起き上がらない場合、ボールをもっているチームはタッチライン外に蹴り出してプレーを止め、その選手のけがの確認を優先する。そして負傷した選手が搬出されたり、プレー続行が可能であることが確認されて試合が再開されると、スローインの権利を得たチームは相手にボールを返す―。もう何十年間も行われている慣行です。日本だけでなく、広く世界で行われ、Jリーグが始まったころには「フェアプレーの手本」ともてはやされ、結果として少年サッカーにまで広まりました。
当時42歳、「Jリーグ監督1年生」の影山さんはそれに異を唱え、「出すな、返すな」と選手たちに命じました。
当然、大きな反響が起きました。「フェアプレーを知らないのか」 「傲慢だ」 相手サポーターからの風当たりはひどいものでした。心配したクラブは、2シーズン目の開幕前に影山監督の真意を説明する「お知らせとお願い」と題する文書を出しました(クラブのホームページで今も読むことができます)。
当時のJリーグでは、「フェアプレーの慣習」を悪用して時間かせぎを行う行為が横行していました。レフェリーにイエローカードを出させるために倒れたまま立ち上がらない選手もたくさんいました。試合を止めるのはレフェリーの権限であるのに、選手の「セルフジャッジ」で小さなことでも試合が止まることで、実際のプレー時間も短くなっていました。
「ファジアーノ岡山においては、ピッチ上に選手が倒れている際は、レフェリーへの注意喚起は行うものの怪我に関する判断はレフェリーに委ねることとし、そのホイッスルが試合を中断するまでは全力でプレーを続けさせて頂きたいと思います」
その文書には、そう説明されています。第一に「レフェリーへのリスペクト」、第二に「アクチュアルプレーイングタイムの増加」が「出さない、返さない」の目的でした。
この時期に、短時間でしたが、影山さんに話を聞く機会がありました。
「こうした方針を続けることで、練習中も、倒れてもすぐに起き上がるようになりました」
影山さんは、この方針がプレーの向上にもつながったと話してくれました。
本誌前号でのインタビューで、影山さんは岡山で掲げた3つのコンセプトをこう話しています。
「どこよりも走る、どこよりも切り替えを速くする、どこよりもコミュニケーションを取る」
「出さない、返さない」も、その基本コンセプトを実現するための要素のひとつでもあったのです。
私自身は、選手自身が判断する場面があってもいいと考えていますが、近年、行き過ぎの傾向が目立つのは確かです。「レフェリーを信頼し、その判断に一任する」というのは、高い見識の表れだと、影山さんの言葉を聞いて強く思いました。
当然、数年のうちにJリーグのスタンダードになると期待していたのですが、残念ながらそうはなりませんでした。ファジアーノ岡山はJ2下位から中位へと成長し、もうひと息でJ1を狙えるところまできましたが、サッカー界に蔓延する「悪弊」を打破するのは、チーム強化より難しいようです。
しかしそうした「信念の人」影山雅永さんをJFAが育成担当として迎えることができたことで、新たな期待が沸いてくるのを感じるのです。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
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