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[特集]審判員のマインド サッカーはみんなでつくるもの 黛俊行審判委員長インタビュー 後編
2021年06月08日
サッカーの試合を成り立たせるために審判員はなくてはならない存在だ。審判員はより良い試合環境をつくるため、そして日本サッカーをより強く魅力的なものにするために、選手や指導者と同様、個々にレベルアップに励み、試合に臨んでいる。
今回は、2021シーズンの日本サッカー協会(JFA)審判委員会の指針、これからの審判員の在り方を黛俊行JFA審判委員長に聞いた。
○オンライン取材日:2021年3月12日
※この記事は、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2021年4月号より転載しています。
――2021年度の新規事業、国際審判員強化プロジェクトについて教えてください。
黛 日本サッカー発展のために、代表チーム同様、アジア、世界で活躍する国際審判員を継続的に輩出しなければなりません。これまでは男性審判員、女性審判員、フットサル審判員男女、ビーチサッカー審判員とそれぞれが国際審判員を強化していたのですが、連携して横断的、断続的に強化することにしました。
扇谷Jリーグ審判統括がこのプロジェクトを兼任し、小川佳実国内審判統括、山岸佐知子女子審判統括、延本泰一フットサル・ビーチ部長に加え、上川徹さん、レイモンド・オリヴィエさん(イングランド)にサポートに入ってもらっています。小川副委員長はかつてAFCの審判委員長を務め、世界各国の審判界トップとのつながりも深い。その経験と人脈を生かし、審判員を国際大会に派遣するだけではなく、コロナで停止中の審判交流プログラムを各国協会・連盟と行い、審判員がチャレンジする場を用意できればと考えています。レイモンドさんには、国際審判員に求められる資質や知識、スキルといった内容を英語を使って指導していただいています。これまで、JFAはオーストラリアやポーランドなどとの審判交流プログラムを通じて、国際審判員を迎え入れたり、海外に派遣してきましたが、現在は時節柄難しい状況です。一日も早くコロナが終息し海外での活動が再開できる日を待ちたいと思います。
ミスも含めてサッカーそれを受け入れること
――黛委員長が考える、優れた審判員像を教えてください。
黛 サッカーへの関わり方はたくさんあります。試合を成立させるためには、審判員以外にも選手や指導者、運営スタッフ、グラウンドキーパー、ボールパーソンなどさまざまな人たちの協力が欠かせません。その中で私がなぜ審判員という道を選んだかというと、サッカーをより良い競技にしたい、みんながサッカーを楽しめる環境を整えたいと思ったからです。私自身、もともとは競技者としてプレーしていて、高校の教員を経て審判員の道に入ったわけですが、そのときから「サッカーをよりよいものにしたい」という思いがありました。
浦和西高校でプレーしていたときは、恩師の仲西俊策先生が元国際審判員だったということもあり、普段からテクニックの指導に加えて、競技規則への理解を促してくれました。昔から審判員の重要性を考える機会があったことが、今につながっています。
「優れた審判員」といえば、先日、日本代表の森保一監督にVARの説明をした後、少し話をする機会がありました。森保監督はそこで「一緒に試合をつくっているんだという意識を持った審判員を育ててほしい」と言ってくださいました。まさにその通り。いくら競技規則を理解し、正確に判定を下すことができても、前提として「みんなと一緒に良い試合をつくろう」という意識がないと人の心を打つような試合は生まれません。
――審判員時代、大切にしていたことは何かありますか。
黛 自分が判断したことは正しく表現する、そこは自信を持とうと考えていました。何度かミスもしましたが、それも競技規則を踏まえた上で判断した結果です。試合では微妙な判定はもちろん、難しい場面が多々ありますから、それなりの覚悟が求められます。
特にJリーグが開幕した当初は、審判員に対するバッシングがすごかった。試合が終わった翌日、「黛さんのあの判定はないよ~」とラジオで私の名前が連呼されることもありました。それでも、審判員は試合で感じたことと判断したことに責任を持たなければなりません。そこだけは貫こうと覚悟していました。
――90年代前半はまだ審判員の大変さが理解されていなかったんですね。
黛 判定に納得がいかないと観客席から小銭を投げられたりペットボトルが飛んできたり、ひどいときはライターやロケット花火が飛んできましたからね(苦笑)。監督が「ヘルメットを被って更衣室に」と言ったこともあった時代です。当時と比べると環境は大きく変わっていると思いますが、心ない誹謗、中傷がなくなったわけではありません。これからも根気強く、競技規則の理解や審判員そのものの理解をしてもらえるような努力をしていきたいと考えます。
――指導者や大人による審判員への暴言が選手に与える影響について、どのように考えていますか。
黛 審判員が下す判断は、ピッチで起こったことに基づいています。主観で判断することも多々あるので、その判定が間違っていることもありますし、審判員が間近で判定、判断したものと異なる見解を持たれることもあります。でも、それも含めてサッカーなんだということを受け入れていただきたい。われわれはミスのないように努力していますし、万全の準備をして試合に臨みます。でも、人間ですからミスは起こります。それをどう受け入れていただくかがポイントです。
私が高校のサッカー部の監督だったときは日常的にそういう話をしていました。高校があった埼玉県では、サッカー環境を整備するため、指導者が2級の審判資格を持つことが推奨されていました。強豪校の指導者も同じ。浦和南高校の松本暁司先生(故人)も、武南高校の大山照人先生も、2級審判員の資格を持って審判員をされていた時期がありました。そんな環境で育てていただいたこともあり、常に審判員をリスペクトしてきたと思っています。
これから若い審判員を育てるためにも、そこは守っていくべき。育成年代だけではなく、JリーグやWEリーグ、Fリーグでも同じことが言えると考えます。審判員側からだけではなく、サッカーをする、見る、関わる全ての人たちと一緒に環境を整備していければと思います。
ハイレベルな試合を実現するには、選手や指導者はもちろん、審判員の育成も欠かせない。
審判員もサッカーを成立させる仲間として理解されることが、サッカーの発展の第一歩だ
――最後に、サッカーファミリーへのメッセージをお願いします。
黛 今年は日本サッカー協会創立100周年の記念すべき年であり、あらためてこれまでの日本サッカーを見つめ直し、新たなスタートを切る年になります。また、東日本大震災から10年という節目の年でもあります。東北の復興にはまだ時間がかかり、サポートが必要です。そして、今は昨年に続き、コロナとの戦いの中にいます。この厳しい状況でも、日本のサッカーがとどまることなく進化し続けていけるようにわれわれも取り組んでいきたいと思います。日本のサッカーが進化し続けるには、審判員の強化は欠かせないものだと思っています。世界に通用する審判員を育てること、その審判員を指導すること、養成することを止めるわけにはいきません。
今年はFIFAワールドカップアジア2次予選、東京オリンピック・パラリンピック開催や、FIFAクラブワールドカップの開催も予定されています。初の女子プロサッカーリーグ、WEリーグも9月から開幕します。コロナ禍で先行きが予想できない状況ですが、審判委員会はこれらの大会に優秀な審判員を派遣し、多くのサッカーファンにサッカーを楽しんでいただきたいと思っています。