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スポーツの特別なシーン ~いつも心にリスペクト Vol.148~

2025年09月29日

スポーツの特別なシーン ~いつも心にリスペクト Vol.148~

それはとても美しく、特別なシーンでした。

7月6日に東京の国立競技場で開催された陸上競技の日本選手権最終日、最終種目の女子百メートルハードル決勝。優勝したら9月の世界選手権(東京)の代表権獲得に大きく近づくという重要なレースは大激戦となりました。

このレースは、この競技における「レジェンド」寺田明日香選手(ジャパンクリエイト)の「最後の日本選手権」として注目されていました。しかも12秒69という現在の日本記録を持つ福部真子選手(日本建設工業)を中心にハイレベルな選手がそろっており、大会のフィナーレにふさわしいものとなりました。

勝ったのは内側の第4レーンを走った田中佑美選手(富士通)か、追い上げた第7レーンの中島ひとみ選手(長谷川体育施設)か――。場内の大型映像装置に出た「速報」は、1位中島選手、2位田中選手。タイムはともに12秒86。しかしその数字が点滅し、中島選手12秒851、田中選手12秒852と表示されます。1000分の1秒差の勝負だったというのです。

全力を出し切った8人のランナーは、寺田選手のところに次々と駆け寄り、田中選手は「楽しかった!」と言いながら寺田選手、福部選手と肩を組みました。そして口を押さえて喜びを表現する中島選手に拍手しながら歩み寄り、「おめでとう」とハグしました。

大型映像装置には、まだ3位以下の結果が出ていません。8人はやがて第一コーナーのトラック上に集まり、輪をつくって座ると、わいわい話しながら結果が出るのを待ちます。ところがレース結果は次々と変わり、みんな驚いたり、笑ったり。まるで女子高生の集まりのような雰囲気になります。

ようやく最終的な結果が出たのは数分後。他の6選手が拍手する中、「逆転」で1位が確定した田中選手と2位になった中島選手が輪の中から立ち上がり、ハグし合います。そして最後は全員で手を取り合って横一列に並び、全員で両手をつないでスタンドの観客に振ったのです。もちろん、どの選手も笑顔いっぱいでした。

スポーツには勝敗があります。スポーツの最も大きな価値は、勝つために努力することにあると、私は思っています。努力を尽くした結果の勝利がうれしくないはずがありません。そして同時に、血のにじむような努力をしたことが報われなかったときの落胆や悔しい思いは当然のことです。それは、勝敗という結果が伴うあらゆるスポーツに共通することです。

しかしこの女子百メートルハードル決勝を走った選手たちは本当に「特別」でした。最後に8人で並んでスタンドに手を上げたとき、そこには「勝者」も「敗者」もなく、努力を尽くしてこの場に到達し、全力を出し切った人々の美しい姿だけがありました。

その輪は、寺田選手という存在があってのことだったかもしれません。選手としてピークにあった23歳のときにケガで引退しながら、その後、結婚・出産を経て7人制ラグビーに挑戦し、29歳で陸上競技に復帰、その年に19年間保たれてきた日本記録を破り、2021年の東京オリンピックに出場して準決勝まで進出。そのレジェンドの「最後の日本選手権」の決勝を一緒に走れたことの喜びは、全員に共通したものだったでしょう。

この「第109回日本陸上競技選手権大会」(天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会よりも歴史のある大会です!)の女子百メートルハードルは、私にとってスポーツの理想像のようなレースでした。偶然、そのシーンをライブのテレビ中継で見ることができて幸運でした。

「自分の力を出し切ったレースだったので、1番でも2番でもいいかと思っていました」と、表彰式後、田中選手は話しました。

一方、2位となった中島選手は、世界選手権の代表入りをするために今後の大会で参加標準記録(12秒73)突破を目指すと語りました。そしてその言葉通り、わずか2週間半後にフィンランドで行われた大会で12秒71の好記録を出して優勝、世界選手権出場を大きく引き寄せたのです。

寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)

※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2025年8月号より転載しています。

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