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主審の言葉 ~いつも心にリスペクト Vol.141~

2025年02月26日

主審の言葉 ~いつも心にリスペクト Vol.141~

長く日本の審判界をリードしてきた西村 雄一さん(52歳)がトップレフェリーとしての活動を終了することを発表しました。昨年12月19日に東京で行われた小さな記者会見で、西村さんは審判活動を支えてきた多くの人々への感謝の言葉を語り、一つ一つの質問に丁寧に答えました。

「ドイツでこんなことがあった」と切り出したのは、私と同年代の記者。長い質問をするので有名な人でした――。

あるブンデスリーガの試合で選手が主審に対してひどい暴言を吐いた。チームのベンチ前だったのでよく聞こえた監督は、これはレッドカードだなと覚悟した。

ところが主審は一瞬立ち止まった後、その選手(記者の記憶ではブラジル人選手だった)を呼び寄せ、穏やかな口調でこう話した。

「○○さん、いまあなたが私に向かって発した言葉を、反すうしてみてください」

そう言いながら、ゆっくりとイエローカードを示した。

誰よりも驚いたのは選手だった。問答無用でカードを突きつけられて不思議でない状況で、主審は彼を「さん」付けで呼び、しかも落ち着いた口調で諭してくれたのである。さらにカードはレッドではなく、イエローだった。彼はすぐに主審に深く謝罪した。

このやりとりは、周囲の選手たちも聞いていた。試合はその後、判定への異議もなくスムーズに展開されるようになった。そしてときにラフに近いプレーをすることで知られていた当該の選手も、フェアそのもののプレーを見せ、観客から大きな拍手を浴びた――。

「選手とのコミュニケーションが上手だった西村さんにもこうした経験があるのではないですか」

それが私の友人の「質問が長いジャーナリスト」の質問でした。

「そうですね」

少し考えてから、西村さんはこんな話をしてくれました。

あるJリーグの試合で、中盤を突破しようとする選手を、相手チームの選手が手をかけて止めた。当然、西村主審は笛を吹いた。しかしその選手のところに走り寄った西村主審の口から発せられたのは、意外な言葉だった。

「そうだよね、チームのためにはああするしかなかったよね」

当然、イエローカードは出されたが、その選手は西村主審の言葉に冷静さを取り戻し、頭を下げると、自分が手をかけて倒した選手のところに走っていって謝り、助け起こした。

一連のやりとりは、近くにいた両チームの選手たちにも聞こえていた。このプレーがあった後、試合は激しさはあっても、本当にすがすがしいものになった――。

西村さんは東京都出身。1999年に27歳で1級審判員となり、2004年には国際審判員、同時に日本サッカー協会と契約するプロレフェリーとなりました。

J1リ ーグでの主審デビューは2003年4月の神戸×京都戦。2024年までに407ものJ1ゲームを担当しました。そのほか、天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会決勝の主審4回など、数々の重要な試合をこなしてきました。

そして2010年に南アフリカで開催されたFIFAワールドカップの主審の1人に選ばれてグループステージで3試合を担当。高い評価を受け、準々決勝のオランダ×ブラジル戦も担当、オランダ×スペインの決勝では第4の審判員に指名され、日本人として初めてワールドカップ決勝の舞台に立ちました。続く2014年ワールドカップ・ブラジル大会では、相樂亨副審、名木利幸副審と共に開幕のブラジル×クロアチア戦を担当するという栄誉を得ました。

抜群の走力とポジション取りのうまさに加え、長身で常に堂々とした態度でピッチに立つ姿は、観客だけでなく、選手たちにも安心感を与えました。しかし主審としての「能力」だけでなく、試合の主役である選手たちが、いかに力を出し尽くして試合を楽しむことができるかを中心に取り組んだ「姿勢」こそ、彼を日本のサッカー史上屈指の、そして世界的にも高く評価される主審にしたことが、この日の話でよく分かりました。

寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)

※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2025年1月号より転載しています。

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