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「サッカーのことより、一人の日本人としてできることを探していた」東日本大震災から10年~リレーコラム 第2回~
2021年03月15日
東日本大震災から、10年の時がたちました。国内外から多くのサポートが寄せられ復旧が進んだ一方で、復興にはまだ長い道のりが残されています。それぞれの立場で、東日本大震災とこの10年間にどう心を寄せ、歩んできたか。ここではサッカー関係者のエッセイやコラムをお届けします。
第2回は宮間あやさん。FIFA女子ワールドカップドイツ2011優勝時の中心メンバーです。
私は、羽田空港から岡山空港へ向かう飛行機の機内で震災を迎えました。空港に着いてすぐに携帯電話の電源を入れたらすごい数の着信があって、急いで車に向かって、車内のテレビをつけたら大津波警報が出ていました。実家が千葉なので、すぐに家族へ電話をしたんですけれども、全然つながらなくて。もう、羽田空港や成田空港が動かないので帰ることもできず、そのままクラブ(岡山湯郷Belle)に向かいました。「無事」という連絡が、家族とついたのは夜でした。私のチームには、私以外にも東日本出身の選手がいたので、練習もすぐに終わりになって、すごくバタバタしたのを覚えています。
その後も練習は続けていましたけど、毎日、テレビで見るもの、聞くものへの不安の方が強かったです。女子ワールドカップとか、サッカーのことというのはあまり考えられなくて、一人の日本人として何ができるか、そういうことへの気持ちが上回ってました。西日本から東日本へ電気を供給できると聞いて、ナイター練習を止めて明るいうちに活動するようスポンサーの方々にご協力いただいたり、日テレ・ベレーザやジェフユナイテッド市原・千葉レディースが大変な思いをしていたので物資を送ったりした記憶があります。
サッカーへの気持ちにギアが入ったのは、代表の合宿(5月のアメリカ遠征)があると聞いたあたりです。その時まで、代表チームのみんなとは連絡はとっていても、ほとんど会えていない。精神的に不安定な部分はありましたが、お互いの顔を見て、家族などの話を聞いて、本当に一日ずつ、会話だったり練習だったりを通じて、お互いを受け入れるという作業の繰り返しでした。全員で会ったことが、すぐ力になったわけではありませんし、当時はまったくそんなことは考えられませんでしたが、今になって思えば、たぶん、そこまで長い間積み上げてきたものと同じくらいの力が、そこで働いたように思います。
「誰かのためにやっていたのではないことが、誰かのためになっていた」
ドイツに入ってからは、こうして参加させてもらえるからには、何か結果を出さなければ絶対に帰れないという気持ちでした。チーム以外に気を配っている余裕はなかった気がしますが、毎試合、入場の時には「つらい思いをしている日本の方々がいる」ということを考えながら入場していました。試合後には、世界に向けて「Thank you for your support」という横断幕を掲げていたんですけど、当時はそれを掲げながら、ピッチに立たせてもらっている感謝を、そしてその姿を日本の方たちにも見てもらえると嬉しいなと思っていました。
いまだに「日本に勇気を与えた」という自覚はないんです。自分たちが好きなサッカーを全力でやらせてもらって、いろんなサポートをいただいて、結果が出た。日本から声が届いていると教えてもらって、ようやく見てもらえているんだなと。「おめでとう」ではなく、数えきれないくらいの「ありがとう」という言葉を耳にしたときに、それまで味わったことのない感情が生まれました。誰かのためにやっていたのではないことが、誰かのためになっていたということを知って、またやりたいと思いました。
翌年、アメリカ女子代表が親善試合で仙台に来て、サッカークリニックや被災地訪問をしていました。仙台の人たちに「一生会うようなことがないような人たちを連れてきてくれてありがとう」と言われたことも覚えています。確かに、私たちが女子ワールドカップで優勝しなければ、アメリカ女子代表が来ることはなかったでしょうし、それによって少女サッカーのチームの人たちが、目の前で見る機会もできました。自分では「日本に来たアメリカと対戦する」ということしか考えていなかったんですけれども、別の角度から見るとそういう風に見えるのかと思いました。
「忘れたくないのは、そこで人々が何をしてきたかということ」
私は、震災そのものよりも、震災が起こったあとに、そこで人々が何をしてきたかということを忘れたくありません。ものをたくさん持っていってしまう人がいなかったり、行列をつくって並んで順番を待ったり。自分のことだけではなく、隣にいる人に手を差し伸べることができる。それが、この国の良さだと思いますし、困難な状況になっても戦い抜くことができるということは、忘れちゃいけないことなのかなと思います。