スポーツ産業は数少ない“成長産業”
―まず里崎さんから、2019年にデロイト トーマツがJYDコンサルティングパートナーとなったきっかけや経緯を教えていただけますか?
里崎:デロイト トーマツは、もともとJリーグさんとアライアンスを組ませていただいていました。JFAさんとJリーグさんの繋がりから、「JFAとも一緒にやれないか」とお声がけをいただいたのがきっかけです。
せっかくなので、アライアンスを組むにしてもJリーグさんと同じことをやるだけではなく、JFAさんと組んだからこそできることがしたいと考えていました。その意味では、コンテンツホルダーとスポンサーの関係で一般的であった従来型の広告宣伝モデルとは異なり、スポンサー企業とのアクティベーションを通して、一緒に価値を作り出していく課題解決型のパートナーシップモデルは非常に魅力的でした。こうした取り組みは、当時の日本のスポーツ界では最先端だったと思います。
―ちなみに、北澤さんは里崎さんとの接点は?
北澤:一度現場でお会いしたことがあるんですが、すごくサッカー好きなんだなと感じました(笑)。言葉の節々や、楽しそうな様子から、日本サッカーへの思いを持っていただけているなと。
里崎:北澤さんと初めてお会いしたのは、JYDの取り組みの一環であるビジネスカンファレンスでした。私は、ファシリテータとして参加して、時間調整も任されたんですが、皆さんがたくさん喋ってくれて、苦労したのを覚えています(笑)。そのイベントで紹介された様々なアクティベーション事例は、スポーツコンテンツが生み出している価値の存在を多くの人に周知する良い機会になったと感じています。
ーJFAのコンテンツの中でも、JYDは草の根の活動が多く、日本代表などに比べると認知度は下がります。そんなJYDの魅力はどこにありますか?
里崎:我々は露出よりも、JFAさんが持っているアセットを活用させてもらうことで、新しい価値を共に生み出していきたいと考えています。そして、それをJFAさんやJFAのパートナー企業さんの課題解決に繋げていきたいと。
確かに日本代表は安定した露出が見込めますが、さまざまな権利関係もあり、チャレンジがしにくいコンテンツでもあります。一方、JYDは『新しいチャレンジ』がベースにあります。「どういうことをやったらいいのか」、「どんなことができるのか」をお互いに相談しながら進めて、価値を創造していけるところが魅力だと思います。
デロイト トーマツは、ビジネスプロフェッショナルファームとして、日本のスポーツビジネスのマーケットを創出し、拡大したいと思っています。日本のスポーツコンテンツを使ったマーケットは、野球で年間約2,000億円、サッカーで年間約1,500億円と言われており、欧米と比較すると、7分の1ほどしかないんです。
そして、日本はスポーツコンテンツを、体育として捉えてきてしまったところがあり、これまでマネタイズとは縁遠いところに置かれてしまっていたんです。歴史的な背景から、ビジネスのトライアルがなされていなかった領域でした。
私達は、このポテンシャルを具現化したいと思っており、新しいマーケットの創出に貢献できることにも大きな意義を感じています。簡単な話ではありませんが、国民は割とお金を持っているし、人気のスポーツコンテンツもある。条件を見れば絶対に膨らむマーケットであるのは間違いありません。「誰かがやらねばいけないのなら、我々がまずはじめられないか」という思いからスタートしています。
日本は人口減少が進むことが確実で、このままだとどんどん未来が先細っていくと言われています。その中で、数少ない成長産業の一つが『スポーツ産業』だと思うんです。国も力を入れて進めている領域ですし、我々がコミットすれば、「デロイト トーマツが入っているなら俺たちも入ろう」と追随する企業も増えてくるのではないかと思うんです。
デロイト トーマツでマーケットを独占することが狙いなのではなく、我々が呼び水になって、大きなマーケットを作ることができれば、お金と人の流れが良くなっていく。結果としてデロイト トーマツとしても新しいビジネスを獲得できますし、そうなればスポーツ界が抱えている経済的な問題や、人的な問題もどんどん改善していくはずです。JYDの取り組みが、そのきっかけとなるんじゃないかという思いは、当初からありますし、今も変わりません。
見えない価値を『可視化』する新たなツール
ースポーツビジネス全体としてこれまでは広告宣伝がメインでしたが、徐々にそうした流れも変わってきています。北澤さんとしてはいかがですか?
北澤:時代が変われば、求められるものも変わります。持続的な成長を続けるためには、産業化を考えていかなければいけません。日本のスポーツをけん引してきたサッカーで、持続的な変化が見られるかどうかは、今後のスポーツ界の発展にも関わってくると思います。デロイト トーマツさんをはじめ、優秀な企業がサッカー界に入ってきていただけるのは、大きなきっかけになると思います。
コロナが広まる中で、スポーツの新しい価値の創出が必要かもしれない。見えるところだけではなく、見えない心の部分など、幅広くアプローチしていけるところはたくさんあると考えています。
里崎:見えない部分へのアプローチは、直近における我々の最大の注力ポイントです。今後、JFAさんと一緒に積み上げていけると良いなと考えているのが、スポーツコンテンツが生み出す社会的な価値を可視化していく取り組みです。
ビジネスで使われるROI(投資収益率)という指標の頭に、SocialのSを付けた「SROI」(Social Return on Investment:社会的投資収益率)という指標があります。これを使うことによって、今まで見えなかった「自信」や「楽しさ」といった心理的に与えるインパクトも、貨幣価値に置き換えて示すことができるようになります(参照)。
SROIは、以前から多くの学術機関や研究機関が研究し、体系を整備してきた評価手法ですが、デロイト トーマツが今まで積み重ねてきたビジネスのノウハウを活用してSROIの手法と組み合わせることで、その手法の活用範囲を大きく広げることができると考えています。最近のコロナ禍の影響等で、人々の興味関心がコト消費の領域に一気にシフトしてきたことで、我々もSROIを活用したソリューション提供ができる体制が整ってきました。近い将来、スポーツコンテンツの社会的な価値を可視化することで、継続的な成長に必要な資金集めに繋げることができるのではないかと考えています。
具体例としては、Jリーグが積極的に取り組んでいる社会連携活動などが挙げられますが、これまではその活動からどれだけの価値が生まれているのかが量的には分かりませんでした。その結果、企業もその活動に対していくら投資したらいいのか判断できず、活動しているチーム側も説明ができないため、お金が流れないという状況になっているのが現状です。
そうした課題を解決するソリューションが、SROIです。今まで見逃されていた価値を可視化をすることで、あるべき人とお金の流れを作り出す。これが新たなマーケットを創出し、拡大させることに繋がっていく。最近、少し方向が見えてきたかなと思います。JYDの取り組みと上手に絡めて、促進していけたらすごくいいなと思っています。
加えて、日本の中でトップコンテンツであるサッカーが、スタンダードとなる事例を作れば、他のスポーツやパラスポーツ、さらには一般企業のSDGs活動にもこのソリューションは応用できると考えています。
47都道府県×110%の可能性
ーパートナーになってから2年間で、他には具体的にどういった取り組みをしてきたのか教えていただけますか?
里崎:9地域/47都道府県サッカー協会における、ガバナンスレベル向上プロジェクトです。JFAさんは、47都道府県に傘下となる協会を持たれています。地方の協会ではどうしてもボランティアのような形で運営せざるを得ないところもあり、数人の有志の方の力で、なんとかやりくりしている場合も少なくありません。
そのため、JFAさんなどから多額の補助金が与えられているのにも関わらず、その管理や有効活用が十分でないと判断せざるをえない現状もあります。そこで、ガバナンスやコンプライアンスの構築に強みを持っている我々が、9地域/47都道府県サッカー協会に貢献できる取り組みをしようということになりました。
最初に取り組んだのは、現状のガバナンスレベルの可視化です。協会ごとに改善が必要な場合は、具体的にどこをどう強化していけば、最低限のレベルに届くのかを可視化していきました。
現状を可視化することで、自助努力を促しつつ、JFAさんも必要に応じてフォローできる体制を目指しました。その中で感じたのは、各地域のサッカー協会で活動をされている方は、すごく情熱のある方が多いということでした。
北澤:それがいいところでもありますよね。ただ、これまではJFAのサポートが届かず、問題点を吸い上げることができていませんでした。体制を整えていただいたおかげで、今までできなかったアプローチができた。非常に大きな取り組みです。
里崎:JFA本体が活動すること自体も大きな影響力がありますが、JFAさんは47都道府県のサッカー協会にネットワークがあるわけです。それぞれの協会が10%ずつレベルアップしたら、全体の力は計り知れないほど大きくなります。
ー自分も地方に中高生の試合の取材に行った時には、協会の方の苦労を目の当たりにします。北澤さんは地域間の普及、育成の課題についてどう考えていますか?
北澤:サッカーへの思いを持って活動していただいているのは、ありがたいです。そういった人たちのおかげで、日本サッカーが発展してきたことは間違いありません。
一方で、責任という観点から考えると、有償で雇用される人を増やしていく必要があると思います。JFAに関わっているかどうかに関係なく、日本サッカーの未来における本質的な考えを理解しなければ、将来の発展もありません。
ー経済的な価値だけでなく、社会的な価値も可視化させてくれるのはありがたいですよね。
里崎:ただ、価値の可視化は自分たちで実施することもできますが、自己評価は対外的にはあまり信ぴょう性が得られないのが一般的です。そこで、デロイト トーマツの特徴の一つでもある『第三者性』が活かせると考えています。
もちろんクライアントのためにという前提はあるんですが、我々は監査法人系のグループでもあるので、あくまで公平中立な立ち位置であることが要求されます。そこをうまく使っていただくことで、公平中立的な立場からの評価で、これだけの価値を生み出しているということを説明できるのは、それ自体、大きな意味があるのではないかと思っています。
価値は自分たちで見つけなければならない
ー北澤さんは、JFAの取り組みにすごく参加されている印象があります。JYDの存在意義や価値についてはどう考えていますか?
北澤:Jリーグが誕生した時は、サッカーというコンテンツに興味を持ってもらう必要がありました。そのために、我々はなんとか勝って時代を変えていかなければいけなかったんです。
しかし、時代が変わって、求められるものも変わりました。今はサッカーを利用してもらえるだけの価値を、自分たちで見つけなければいけません。いろんな人たちと関わりながら、JFAだけでは出せないアイデアを出し合いながら進むことが大切だと思います。
ー「勝って示さなければいけない」という言葉は、当時を知る北澤さんだからこそ説得力がありますね。
北澤:当然、今も勝たなきゃいけませんよ。負けられないのは前提です。ただ、それ以上にやらなければいけない、求められていることが、社会の中の立ち位置とともに変わっていると思います。
ーフェーズが変わってきたということでいうと、W杯に出るのが当たり前になっていますよね。
北澤:小学生と話す時は、自分の認識を変えないといけません。子どもたちに対しては、将来の伸びしろを考慮した話し方とか、夢を与えるような接し方をしなきゃいけないなと思っています。「僕たちのときは…」と言っても仕方ない。
ただ、W杯でベスト16からベスト8、ベスト4に進むのも、みんなが思っているほど簡単にはいかないと思います。他の国がどれだけの歴史を重ねてきているんだと。ですが、今回お話してきたことは、より早く結果を出すことに繋がる取り組みだと思っています。
ー最後に、JFAとデロイト トーマツが作り出す未来について教えていただけますか?
北澤:地域に対しての取り組みは、前に前に進もうとすると、見落としがちな部分だと思うんです。我々のような、協会のオフィスにいる人たちだけがJFAという認識ではいけません。
47都道府県サッカー協会のすべての人たちにも、JFAのスタンダードを定義してあげられるかが大切です。同じ価値観を持ちフィットした関係でないと、未来の話は進んでいかないと思います。
そうした前提の上で、サッカーにはもっと多様な価値があると思いますし、JYDとしてやりたいこともたくさんあります。その時に、中立的な立場で意見をいただけるのはありがたいですね。
里崎:それが我々の提供できる価値ですからね。せっかくパートナーになったのだから、デロイト トーマツの特徴をうまく活用してほしいです。まず主体的に、JFAさん自身がいろいろなことに取り組んでみる。その後、誰かと一緒にやっていこうという、次のステージに来ています。
コロナの影響で、皆さんの価値観や環境は大きく変化しています。収束しても、コロナ前と同じ状態に戻るのかといえば、それは違うと考えています。日本代表戦や、サッカー教室も、おそらく皆さんの中での意味合いが変わってくる。そういった変化に対して、常にアンテナを張って、チェックをしていく。そのように変化に適応していくところで、サポートを続けていきたいです。