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ブッフォンの穏やかな拍手 ~いつも心にリスペクト Vol.44~
2016年12月29日
2016年は、第二次世界大戦後の世界の重要な歴史の変わり目のひとつになるかもしれません。
イギリスでは6月にEU(欧州連合)からの離脱可否を問う国民投票が行われ、メディアの予想に反して離脱支持が多数を占めました。そして11月には、アメリカ大統領選挙で移民排斥を訴えたトランプ候補がこれも大手メディアの予想を裏切って当選しました。
背景は共通しています。世界的な規模の人の移動です。欧州にはシリアを中心とした難民だけでなくアフリカなどから仕事を求めてたくさんの移民が押しかけ、アメリカもメキシコを筆頭とした中南米からの移民が増える一方です。生活が苦しいのは移民に仕事を奪われているからだという分析があり、移民への拒否反応が「EU離脱」や「トランプ支持」に結びついたのだと、私は思っています。
問題は、そうした拒否反応がこの2カ国にとどまらず、広く世界に蔓延してしまっていることです。そしてそうした国々の間で、他国に対する嫌悪感、ひいては憎悪の感情が大きくなっています。
サッカースタジアムは社会を映す鏡です。サッカーの試合には社会感情を敏感に感じ取る若者たちが集まり、不満の正体を深く考えないままストレートに表現します。人種差別に対する警告や罰則が世界中でこれだけ徹底されてきたにもかかわらず、差別的な行動やヤジが観客席から後を絶たないのは、その背景に深刻な社会的不満があるからに違いありません。
他国への嫌悪感や憎悪は、国際試合におけるブーイングに表れます。相手チームのファウルに対するブーイングならサッカーの範囲内のことですが、近年は相手国歌演奏時にブーイングが起こるという例が増えています。
2年前のこのコラムにも書きましたが、相手が大切にしているものを尊重する(リスペクトを払う)のは、人間社会の重要な要素です。国際試合で相手チームの国歌が演奏されるときには、直立して静聴しなければなりません。そのときに帽子を脱ぐのも大事な礼儀です。
11月15日にミラノでイタリアとドイツの親善試合が行われました。試合前、両チームが整列してドイツ国歌が始まると、スタンドからブーイングや口笛が上がりました。両国関係が悪化しているわけではないのに、誰かがこうした行為を始めると追随する者が出て次第に大きくなり、誰も抑えられなくなるというのが、こうした騒ぎのやっかいなところです。
しかしそのとき、イタリア代表のキャプテンであり、この試合が代表167試合目という「レジェンド」GK 、38歳のジャンルイジ・ブッフォンがその大きな両手を体の前でゆっくりとたたき始めました。感情を表さず、ただゆっくりと拍手し、スタンドを見上げます。すると並んでいたチームメートがそれに従って拍手を始めます。その拍手はスタンドに移り、見る間に広がってブーイングや口笛をかき消していったのです。
残念ながら、ブーイングや口笛がなくなることは最後までありませんでした。しかしそうした行為を不快に思っていた人がブッフォンの勇気ある、そして穏やかな行為に感銘を受け、自分も拍手という行動を起こしたのです。何よりも、ただ雰囲気に追随してブーイングや口笛という行動に出ていた人々がそれを恥じ、良心に従って拍手を送ったのではないでしょうか。
実は9月1日にイタリア南部のバリで行われた親善試合のフランス戦でも、ブッフォンはまったく同じような行動をしています。そして観客席を拍手で包んで両国民に大きな感銘を与えました。
大声を上げ、大げさなジェスチャーを見せてブーイングや口笛を制止したのではありません。ただ穏やかに拍手することで人々に自らの愚かさを気づかせたブッフォンの人間としての大きさに感銘を受けざるを得ません。
同時に、世間の風潮に流されず、正しいと思ったことを表現し、行動に移す勇気こそ、「後ろ向きの世界」に歯止めをかけ、互いのリスペクトの心を表明し合える社会をつくる大きな力になるのだということを、あらためて教えられました。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
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