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リスペクトを示すことの大切さ ~いつも心にリスペクト Vol.23~
2015年04月03日
サムライブルー(日本代表)が連覇に挑んだAFCアジアカップ2015は、残念ながら準々決勝でのPK戦負けという結果に終わりました。攻めに攻めながら決勝点を奪えずPK戦になると決まったとき脳裏に浮かんだのは、11年前、中国で行われた2004年アジアカップの準々決勝でした。
ヨルダンと戦い、この試合も延長戦を終了して1-1でPK戦に。ところが先行の日本は一番手のMK中村俊輔と二番手のMF三都主アレサンドロが連続して高く蹴り上げ、失敗してしまいます。
マレーシア人のスブヒディン・サレー主審が選んだのはメーンスタンドから向かって左側のゴール。そのペナルティーエリアは、猛暑で芝生の状態が悪く、とくにペナルティースポットの右は根がついていない状態でした。共に左利きの中村と三都主。ふたりとも蹴る前に入念に踏み固めていたのですが、キックしようと踏み込んだ右足がずるっと30センチも滑ってしまったのです。ヨルダンの一番手は右利きで、彼はすべることなく右隅に決めました。
日本代表のキャプテンだったDF宮本恒靖がハーフウェーラインの待機スペースからするすると動き出したのは、三都主のキックが大きくバーを越えた瞬間でした。
感情を押し殺し、ゆっくりとサレー主審に走り寄ると、宮本は両手を後ろに組んで、何か話し始めます。宮本の言葉に耳を貸しながらペナルティースポット周辺の芝の状態を確かめるサレー主審。やがてピッチ外の運営担当のところに走り寄ると、ゴールを逆のエンドのものに変えると指示します。
PK戦でどちらのゴールを使うかを決める権限は主審にあります。競技規則には、PK戦が始まったらゴールを変えることができないとは書かれていませんから、前代未聞のこととはいえ、サレー主審の決定は不当ではありません。ただ、変えるなら、日本にもヨルダンにも同じ本数を蹴らせてから変えるべきでした。このことについては、宮本も日本ベンチも抗議しましたが、サレー主審は自らの決定を変えませんでした。
ゴールを変えてヨルダンの二番手が決めた後、日本も三番手の福西崇史がクールに流し込んでようやく1点を返します。しかしヨルダンの三番手が決めて1-3。
3人目が終わって日本は絶体絶命のピンチに立たされました。
ここで神がかりの活躍をしたのが日本のGK川口能活でした。四番手のDF中田浩二が決めた後、相手の四番手のキックでは左に跳んで体の上にきたボールを左手一本ではじき、バーに当てて防ぎます。そして五番手FW鈴木隆行が決めると、萎縮したヨルダンの五番手はゴール右に外してしまいます。
PK戦はサドンデスの六番手へ。ここでDF中澤佑二のキックが相手GKにセーブされますが、川口も相手六番手のキックを今度は右に跳んで体の上にきたところを左手一本ではじき、またもバーに当てて防いだのです。
日本の七番手、宮本がGKの逆をついて左隅に決めると、すでに3人連続で失敗しているヨルダンは、入る気がしなくなったのか左ポストに当てて失敗。日本代表はまさに「死地」から脱し、アジアカップ連覇へと前進したのです。
ヒーローは奇跡的なセーブを連発したGK川口でした。しかしその背景にはキャプテン宮本の礼を尽くした「懇願」がありました。
PK戦に入る前、宮本はサレー主審が指示したゴールを「ピッチが荒れている」と変えるように求めました。しかしテレビ中継の都合によりPK戦のゴールはあらかじめ決められていたのです。
日本の2人が失敗した後にサレー主審がゴールを変えるべきか冷静に考えることができたのは、宮本の態度によるものでした。感情を出さず、主審とその権威へのリスペクトを示しつつゴール変更を求めてきた態度です。もし宮本が猛烈な勢いで走り寄り、大声を出していたら、サレー主審はその言葉を聞こうという気持ちにもならず、サッカー史上聞いたことのない「PK戦途中でのゴール変更」も生まれなかったでしょう。リスペクトを示すことの大切さを教えてくれる出来事だったと思います。
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
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