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「熱中症に対する知識を深め、適切な対処を」池田浩JFA医学委員長インタビュー
2018年07月20日
日本サッカー協会(JFA)は2016年3月10日の理事会で「熱中症対策ガイドライン」を策定した。
近年、夏場の気温上昇や猛暑日の増加により、日本全国で熱中症患者の発生が相次いでいる。サッカーでは、特に炎天下で行われることが多い国内競技会においてそのリスクが高いため、熱中症に対する知識を深めると同時に適切な対処方法を知っておく必要がある。
ガイドラインの目的は、選手や指導者、審判員、観戦者などサッカーに関わる全ての人の身の安全を守ること。大会や試合のスケジュールを規制するほか、当日の対策を定め、熱中症を未然に防ぐ取り組みを促す。JFA主催大会はもちろん、各地域・都道府県サッカー協会や各種連盟の大会でも運用し、周知・徹底していく考えだ。
ガイドラインの策定に伴い、JFA医学委員会の池田浩委員長に医学的な観点から熱中症対策の重要性や暑熱馴化、試合時の注意点、応急処置などについて話を聞いた。
※このインタビュー原稿は、JFA機関誌 『JFAnews No.384』(2016年4月発行)に掲載した記事を一部編集しています。
池田浩JFA医学委員長インタビュー
熱中症を知ることが大事
――スポーツの現場において熱中症を引き起こす要因を教えてください。
池田 大きく分けて、「環境」「選手の体調」「運動強度」の三つだと言われています。まず熱中症を引き起こしやすい状況かどうか。これはWBGT(湿球黒球温度)を用いて判断します。一般的に「気温が高い日に熱中症になる」というイメージがあると思いますが、湿度や日射・輻射(ふくしゃ)など周辺の熱環境も影響します。WBGTはそれらを含めた暑さ指数であり、熱中症対策ガイドラインもその数値を基に定めています。
体調が悪い場合も体温調節機能が低下するため、熱中症になりやすい。睡眠やエネルギー補給が不足した状態で無理に運動したり、発熱や風邪、下痢などで脱水状態にある場合は危険性が高まります。また、サッカーは他のスポーツに比べて運動強度が高いと考えられています。特に夏場は炎天下で長時間プレーすることになりますから、熱中症に対してより一層の注意が必要だと言えるでしょう。
――熱中症にはどんな怖さが潜んでいますか。
池田 熱中症は、体温調節ができず、体内に熱が溜まることで発症します。その程度によって「熱失神」「熱けいれん」「熱疲労」「熱射病」の四つの病型に分類されます。中でも熱射病は、体の中の熱が40度近くまで上がり、意識障害を引き起こすなど非常に危険な状態です。処置が遅れると多臓器不全に陥る可能性もあり、最悪の場合は死に至ります。
昨今、熱中症に関するニュースが多く、皆さんの意識も高まっていると思います。しかし、「何が原因で発症するのか」「どんな対策が必要なのか」など、もう一歩踏み込んで理解を深めてもらいたい。特に育成年代に携わる指導者や審判員、運営担当者などは正しい知識を持つことが大切です。
――今回あらためてガイドラインを策定した理由とは?
池田 JFAでは1997年に「サッカーの暑さ対策ガイドブック」を発行し、WBGTの数値に基づき、試合中の「飲水タイム」(※1)を設けました。しかし、温暖化によって飲水タイムだけでは熱中症を防ぎきれず、毎年のように大会中の緊急搬送が出ています。また、ここ5年間の東京都の猛暑日をそれ以前の5年間と比較すると、日数がおよそ1.6倍に増えています。1996から2000年の5年間と比べると4倍以上です。ここまで環境が変化している中で、やはりその環境に応じたガイドラインが必要です。競技運営部が中心となり、われわれ医学委員会とも議論を重ねて今回の策定に至りました。
※1:試合の流れの中で両チームに有利・不利が生じないようなボールがアウトオブプレーのときに、主審が試合を30秒から1分間中断させ、選手全員に飲水をさせること
要因に基づいた対策を
――ガイドラインではWBGTに応じた細かな対策が示されています。
池田 WBGTの28度と31度を基準に、それぞれ制限や対策を設けています。運営する側にとっては非常にハードルが高いと思いますが、忘れてはならないのは、選手の安全を守ることがわれわれの使命だということです。以前、松本山雅FCに所属していた松田直樹(故人)さんが練習中に心筋梗塞で倒れ、そのまま亡くなってしまうという事故がありました。Jリーグではそれ以前からAED(自動体外式除細動器)の携行が義務化されていましたが、他のリーグはあの事故があって初めて試合や練習会場にAEDの設置が義務付けられました。われわれはこれを教訓に、悲しい事故を未然に防ぐことを一番に考えています。サッカーの現場から熱中症をなくすためにも危機感を持って対応してもらいたいと思います。
――指導者や大人が選手の体調管理で注意すべきことは?
池田 トレーニングや試合前に「十分な睡眠や食事が取れているか」「風邪や下痢などの症状がないか」など選手の体調をチェックすること。体調が良くないと思われる選手は休ませたり、軽い練習に切り替えるなど、個々のコンディションに沿って対応することが必要です。
暑さに体を慣れさせる「暑熱馴化」も非常に大事です。急激に気温が高くなった日に、それまでと同等のトレーニングをすれば熱中症のリスクを高めることになります。一般的には「暑い環境に早く体を慣れされるためにも同じ負荷のトレーニングをする」と考えがちですが、それでは危険性が増すだけです。最低でも1週間、できれば2週間かけて体を暑さに馴化させなければなりません。最初はトレーニング全体のメニュー量を減らし、徐々に負荷を上げて、最終的には元のトレーニング量に戻すのが理想です。夏場の気温が上がってきた頃に実践していただければと思います。
――暑熱馴化がきちんとできているかをチェックする方法はありますか。
池田 心拍数で判断できます。毎朝必ず心拍数を測り、その値が通常時と同じかどうかを確認します。同じであれば馴化したと言えるでしょう。また、十分な睡眠や食事が取れているかを確認すると同時に、体重の増減も大事な指標になります。
子どもは汗を出す汗腺が未発達のため、大人ほど汗をかきません。発汗能力で劣る分、頭部などの皮膚血流量を増加させ、大人と同等の放熱を行っています。ですから、顔が真っ赤になっているお子さんは注意が必要です。
――高温下で試合を行う場合、熱中症対策として大事なことは何でしょうか。
池田 ガイドラインにも定めていますが、試合を止めて3分間日影のあるベンチに入り、体を冷やして、スポーツドリンクを飲む「クーリングブレイク」を推奨しています。WBGTがそれほど高くなければ従来通り飲水タイムだけでいいと思いますが、値が高い場合はそれにプラスして日射を避けて体を冷やすことが非常に重要です。首や脇の下、鼠径部(左右の太腿の付け根の部分)など体表面に近い太い血管を冷やすのが効果的です。水分補給は、スポーツドリンクを勧めています。汗には塩分が含まれており、大量に汗をかけば血液中の塩分濃度も低くなります。その状態で水だけを過剰に摂取すると、低ナトリウム血症(水中毒)を引き起こしかねません。塩分、もしくはエネルギーとなる糖質が含まれた飲み物を飲むことが大事です。
適切な応急処置が求められる
――熱中症を発症した選手にはどのような応急処置が必要ですか。
池田 意識があるかどうかで対処法は変わってきます。意識がない場合や受け答えがおかしい場合はすぐに救急車を呼んでください。一方、意識があって受け答えもしっかりしているときは、日影に移動して体を冷やしてあげる。そして、塩分の入った飲み物を摂取させる。これはクーリングブレイクの考え方と同じです。もちろんクーラーの効いた部屋がある場合は、そこで処置するのが一番効果的です。
――対策から応急処置までさまざまな知識が必要になりますね。
池田 Jリーグなどのトップリーグであればメディカルスタッフがいますが、育成年代の現場では常駐していないことが多いため、指導者や保護者が医学的な知識を身に付ける必要があります。
今回、WBGTが31度以上の場合、会場に医師、看護師、BLS(一次救命処置)資格保持者のいずれか1人を必ず常駐させることを定めています。BLS資格は講習を受けることでどなたでも取得できるため、受講を推進していきたいと思います。BLS講習会では、心肺蘇生法やAEDの使用方法のほか、BLSの理論などを学ぶことができます。講習会はJFAのスポーツ救命ライセンス講習会で受講できるほか、日本ライフセービング協会(JLA)、日本赤十字社、消防等でも受講できます。熱中症だけでなく、人命救助においてもBLSは非常に重要ですので、知識を蓄える上でぜひ多くの皆さんに受講をご検討いただきたいです。
――最後にサッカーファミリーへメッセージをお願いします。
池田 ガイドラインの対象は、実際にプレーする選手だけではありません。指導者や審判員、運営担当者、観戦者を含めた「みんなを守る」ことが目的です。ガイドラインの重要性をご理解いただき、協力いただければと思います。われわれもガイドラインの導入によりどのくらい熱中症患者が減ったかを検証し、今後の対策につなげていきたいと考えています。
サッカーファミリーが一体となって熱中症をなくしていきましょう。
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