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リスペクトのワールドカップ ~いつも心にリスペクト Vol.117~
2023年02月24日
「相手をリスペクトしているが、リスペクトし過ぎることはない」
ドイツとスペインを下して世界を驚かせた、FIFAワールドカップカタール2022の日本代表。大会中に森保一監督が何度も口にしたのがこの言葉でした。
相手が優勝候補の一角で、本当に強いチームであることに間違いはない。その相手を軽視するわけではない。しかし日本には日本の強みがあり、それをフルに使い切って勝利のために全力を尽くす――。
「リスペクトし過ぎない」というのは、サッカーでは昔から使われている表現で、「相手を恐れずに戦う」という、ごく当たり前のことを言っているに過ぎません。その当たり前のことがなかなかできないのが人間であり、チームというものなのですが......。
振り返ってみると、カタール大会は「リスペクトのワールドカップ」でした。国際サッカー連盟(FIFA)がテーマとして掲げたからではありません。対戦する相手チームへのリスペクト、直接ぶつかる相手選手へのリスペクトにとどまらず、選手とファンの相互リスペクト、そして何よりも、世界中からやってきたファン、スタジアムを訪れたカタールに住む人々(この大会には、非常に多くのカタールで働く外国人がスタジアムを埋めていました)、大会のために働く数多くのボランティアやスタッフ。そうした人々同士が互いへのリスペクトを示し続けたことが、大会の素晴らしい雰囲気を生んだように思います。
もちろん、さまざまなトラブルやリスペクトのかけらもない行動もありました。あの素晴らしい決勝の後でとったアルゼンチンGKの愚劣な行動は、大会を成功に導くために努力をしてきた何万人という人々への侮辱でした。
しかし全般には、人々が互いを理解し、あるいは理解できなくても許容し、リスペクトの心で進行した大会だったように思います。そしてそれこそ、このカタールという地でワールドカップが開催された最大の意義だったのではないでしょうか。
2002年大会を除けば、20回を超す過去のワールドカップは全て「キリスト教国」で開催されたものでした。「イスラム教国」での開催はありませんでした。ワールドカップと並ぶ世界的なスポーツ競技会であるオリンピックも、世界人口の4分の1にもなるイスラム圏での開催はまだありません。
そこにはさまざまな要因がありますが、「人類の祭典」などと言いながら、非常に偏ったものであったと言わざるをえません。ワールドカップのカタール開催が、史上初めてのイスラム圏での世界規模のスポーツ大会であったということの意義は小さくはなかったと思います。
スタジアムでのアルコール販売こそ開幕直前に中止になりましたが、それ以外は、外国からの観戦客にカタールは何の制約もつけませんでした。女性がミニスカート姿で街を闊歩していても、誰もとがめませんでした。
大会中、都心にある「イスラム文化センター」では、外国からの観戦客を大歓迎し、イスラム文化を紹介し、たくさんのお土産まで用意しました。そのお土産には、アラビア語と英語で「リスペクト」の文字が書かれていました。イスラム社会とキリスト教社会は中世から激しく対立してきました。それは今日も続いていますが、互いに信じるものをリスペクトし合えさえすれば対立はなくなるというのが、イスラム文化センターの基本的な考えだったからです。
大会中、ロンドンに住む法律家のアフタル・ラジャは、カタールのある新聞にこのような意見を投稿しています。
「カタール政府は、世界からの観戦客のライフスタイルをリスペクトし、干渉はしないはずだ。その一方で、カタールという国の価値観や文化に、世界からの人々がリスペクトを払ってくれることを期待しているだろう」
「スポーツには、世界のアスリートやファンを結びつける力がある。ワールドカップの魅力は、多用な社会間の相互理解を浸透させ、広げる力になるだろう」
寄稿:大住良之(サッカージャーナリスト)
※このコラムは、公益財団法人日本サッカー協会機関誌『JFAnews』2023年1月号より転載しています。
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