アクセス・フォー・オールハンドブック テキスト パート3の5 貧困問題 【39ページ】 「貧困問題」 日本では、子どもの相対的貧困率は10%以上、9人に1人の子どもが貧困状態にあると言われており、先進国の中で日本の相対的貧困率は最悪ともいえる状況です。貧困は目に見えにくい課題の1つで、決して少なくない人数の子ども達が、経済的な理由でサッカーから遠ざけられている実態があります。 【40ページ】 背景を知ってアクションを起こそう! 見えにくい課題 日本で起きている貧困とは  2015年の国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs)では、1つ目のゴールを「貧困をなくそう」と定めています。国連開発計画(UNDP)とオックスフォード貧困・人間開発イニシアチブ(OPHI)が共同で発表した2024年の報告書によると、必要最低限の生活水準を満たすことのできない絶対的貧困にあえぐ人々は11億人に上り、近年では、新型コロナウイルス感染症や紛争の影響により、さらに深刻な状況となっています。絶対的貧困は世界的な課題ですが、一方で日本では、相対的貧困が大きな社会課題となっています。相対的貧困とは、その国の生活水準や経済環境と比較して困窮した状態で、世帯所得が平均値の半分未満であることを指標としています。P39のグラフに示した通り、日本の相対的貧困率は15.4%、さらに子どもの貧困率は11.5%、とりわけ、ひとり親世帯の貧困率は44.5%(2023年/厚生労働省発表)と高く、先進国の中でも非常に高い数値となっています。ひとり親が女性である場合、ジェンダーギャップが低所得を助長することもあります。また、障がいのある子どもの社会参加に課題を感じている保護者、安定した雇用に就くことが難しい外国人家庭等、経済的困難と社会的排除が重なっているケースも少なくありません。子どもが十分な教育の機会を得られないために<教育の格差>、進学の機会が得られず<学歴の格差>、その結果、職業の選択肢が狭まり<雇用の格差>、結果、十分な収入を得ることができない<所得の格差>という格差のループの中から抜け出すことができないという、貧困の連鎖を生んでいる状況もあります。  一見、衣食住が維持されているように見えて、給食以外の食事が取れない子ども達もいます。そういった実態は、周囲が気づきにくく、ともすると解決につながる手立てを見落としている可能性もあります。 格差社会が子ども達のスポーツの機会を奪わないように  スポーツに関わる私達にとって、貧困問題が子ども達のスポーツの機会を奪っている実態は見過ごすことができない問題です。JFAでは、47都道府県サッカー協会と共にサッカー経験の有無を問わず参加できるフェスティバル、被災地や小中学校への派遣事業等を行っています。また、Jリーグのクラブでは、ホームタウンを中心にフードドライブを行う等、サッカーを通じた社会連携活動「シャレン!」に取り組んでいます。寄付を募って子ども達がサッカーを続けられるよう支援している団体やサッカークラブや部活動の指導者の中には、工夫しながら子ども達の活動をサポートしている人もいます。しかし、9人に1人と言われる貧困世帯の子ども達に十分なスポーツの機会や支援が行き届くまでには至ってはいません。「アクセス・フォー・オール宣言」をきっかけにあらゆる方向にアンテナを立て、サッカーにアクセスしたくてもできない子どもやサッカーをやってみたいという気持ちさえ持てない子どもの存在に気づくことが大切です。そして、私達に何ができるのかを考え、行動に移す機会にしなければならないと考えます。 【41ページ】 国内外の事例をご紹介します。 「する」 ホームレス・ワールドカップ どんな状態でもサッカーを楽しむ 貧困や虐待、差別等様々な理由で、人は社会から孤立し、好きなことを楽しむ機会を奪われます。2003年にオーストリアで始まったホームレス・ワールドカップは、安定した居住状態にない人が参加できる世界的なサッカー大会です。サッカーを通じて選手が生きがいや人との関わりを取り戻す一方、「ホームレス」状態にある人に対する偏見を無くすことを目指しています。世界各地で毎年開催され、一生で一度しか参加できません。日本では、ダイバーシティサッカー協会がナショナル・パートナーを担い、路上やネットカフェで寝泊まりする人を含む不安定な居住状態を経験する選手で構成された代表チームを派遣しています。また、ひきこもりや精神障害等、多様な背景を持ち支援を必要とする人達やその支援をする人達が集う国内大会や居場所づくりにつながる練習会を開催しています。 「関わる」 フードドライブ活動を通じて社会課題を共有 家庭や企業等から余った食品を集めて寄付をするフードドライブの取り組みは、ヴァンフォーレ甲府が2016年からスタートしました。現在では多くのJクラブがサポーター中心に広く協力を呼びかけ、ホームゲーム開催時に専用ブースを設置して食品を継続的に回収しています。ジェフユナイテッド市原・千葉では、フードドライブで集めた食品を生活困窮世帯や子ども食堂、福祉施等に届けているフードバンクでのボランティア活動も行っています。夏休みにはU-13の選手達が食品の仕分け作業を実施、社会課題を学ぶ機会としています。 「する」 ひとり親家庭への多角的な支援を展開 湘南ベルマーレフットサルクラブ  湘南ベルマーレフットサルクラブは、地域スポーツ団体が持つ「知的財産」を活用して、行政、企業、教育機関、住民とのハブとなって、地域の社会課題を解決する取り組みを積極的に行っています。中小企業庁により令和6年度地域の社会課題解決企業支援のためのエコシステム構築実証事業にも認定され、様々な企業と連携しながら、ひとり親家庭の社会課題にも取り組んでいます。 親子で描くステップアップDAY ひとり親家庭の養育費問題や就業等をサポートしている株式会社Casaとパートナー契約を締結し、ひとり親家庭を対象にしたフットサルレッスンを開催する傍ら、養育費を正しく受け取るために必要な手続き等を学ぶセミナーとを開催しました。 スポーツ選手の夢キャリア教室  パソナグループとの連携により、ひとり親家庭を対象に、トークイベントとフットサル体験会を開催。困難を乗り越えて夢に挑戦した経験談や親子でのフットサルを楽しむ機会のほか、保護者を対象に、キャリアコンサルタントによる「キャリア相談会」も行いました。 Jリーグ×行政×企業との連携  2022年にJリーグが主催する「FUJI FILM SUPER CUP」でも、Jリーグの社会連携活動「シャレン!」として、大会の特別協賛の富士フイルムビジネスイノベーション、環境省、会場となった横浜市、川崎フロンターレ、浦和レッズが協働して、フードドライブが行われました。この活動を通して、富士フイルムビジネスイノベーションの担当者が会社に働きかけた結果、所有する防災備蓄食品約5トンが、環境省の協力の下でフードバンク団体への寄贈につながりました。 「全般」 JFAの取り組み 「こどもの未来応援国民運動」  JFAは、「貧困に苦しんでいる子ども達に対し、私達国民一人ひとりの『何かをしたい』という想いをつなげ、行動に変えていく」内閣府の「こどもの未来応援国民運動」に賛同しています。学校・家庭以外の居場所づくりや外遊びを促す「JFAキッズプログラム」を推進するとともに、フェスティバルの開催、復興支援活動、学校教育の現場と連携し、子どもの心の教育に貢献していくJFAこころのプロジェクトの実施、文京区「子ども宅食」へのサポート等多岐にわたる活動を行っています。決して経済的な困難のある子ども達のためだけの活動ではありませんが、すべての子ども達に等しく体験の機会を提供することも、JFAの大切な役割だと考えています。 JFAこころのプロジェクト「夢の教室」  サッカーの枠を超え、野球、バレーボール、陸上、水泳、モータースポーツ等、多くのアスリートが「夢先生」として小学校や中学校の教壇に立ち、夢を持つことの素晴らしさ、それに向かって努力することの大切さを伝えています。 【42ページ】 コラム 認定NPO法人love.futbol Japan 代表 加藤 遼也さん 「夢を選択することが難しい子ども達に、何ができるのかを考える」  経済的な貧困を理由にサッカーをしたくてもできない子どもは、日本でも昔から存在し、チーム内で個別に対応されてきた歴史があります。一方で規模感や地域性、どんな課題を抱え、何を必要としているのか等、課題の現状把握がされていない状況が続いてきました。この問題に対し、私達は2021年に奨励金給付等の支援活動、調査活動、寄付を集める仕組みを立ち上げて活動しています。過去5年間で、奨励金の給付総額は2,400万円を超え、44都道府県の2,000人以上の子ども達を応援してきました。  私個人は20代の頃、サッカーを通じた国際開発・社会活動という仕事に魅了され、それ以来この分野で活動をしています。最初は、南アフリカに渡ってNGOの活動に参加し、HIVや貧困、薬物がはびこる街で、若者をリスクある行動から遠ざけるサッカーをツールとしたプログラムに携わっていました。そこで出会った仲間達の人間性―困難に向き合う考え方、相手に勇気を与えるコミュニケーション、そして明るさ―に魅了され、この人達の仲間でありたいと強く思うようになりました。しかし、自分自身が携わったプログラムは様々な事情で中断せざるを得ず、もともと大人に不信感を持っていた子ども達を落胆させることになりました。良かれと始めたプログラムが結果的に子ども達を社会からさらに切り離したのではないかと、あの時の恐ろしい感情は今でも忘れません。南アフリカでの失敗は、現在の活動に至る原体験であり、活動を止めることなく継続していくことの大切さを胸に刻む体験でした。そして、自分自身の活動前提が「サッカーのため」ではなく、「人のため」に変わったきっかけでもありました。  love.f?tbolは、2006年にアメリカで設立されたNGOです。地域コミュニティとサッカーコート等のハードを共創する活動をしています。経済・社会格差に関係なく子どもが誰でも安全にスポーツできる場所を提供し、地域の人々が自分の居場所を見つけるプロジェクトを世界各地で展開しています。2012年に日本支部として活動を開始。実のところ、約2年半は無給で働いていましたが、貯金が残り5万円になり、子ども支援専門のNGO公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパンに就職しました。そこで日本の子どもの貧困について知るようになり、選択できる当たり前がない方達の生活に衝撃を受けました。子ども達の可能性が奪われないよう、何ができるのかを考える日々でした。  2018年1月、NPO法人化し、日本で経済的な理由等でサッカーをしたくても諦めている、続けることが難しい子どもの問題に取り組んでいます。2021年にプロサッカー選手達と協働し「子どもサッカー新学期応援」を開始しました。家計の負担が最も大きい新学期に合わせ、サッカーの費用に使える奨励金5万円給付、用具寄贈等をおこなっています。主な原資は寄付です。選手と協働する仕組み「1%FOOTBALLCLUB」を立ち上げ、現在20名以上の現役選手が年俸や活躍給の1%を寄付し活動をともに進めています。また、対象となる子ども達は孤独や不安等、精神面の課題を抱えている傾向もあるため、選手達と6ヶ月間オンラインで伴走する交流や、一緒にサッカーをして相談できる場を設ける等、精神面でサポートするエンパワメント活動もしています。  弊会に支援を希望する子どもはこの4年間で5倍に増加し、今年500人を超えました。毎年拡大する規模に対し、支援が追いつかず危機感が増すばかりです。500人が多いのかピンとこない方は、仮に日本で1年間に500人の子どもが経済的な理由でサッカーを辞めていると想像してみてください。1日に1人以上の子どもが辞めている事態です。さらに私達の調査では、支援を受けた世帯のうち子どもがサッカーをできるように「借入」をした世帯は4年連続で30%を超え、昨年38%に増えました。私達大人は子どもにどんなサッカーを遺したいのか、真正面から問い直す局面に来ています。  課題は重く複雑です。けれども、解決できる希望があります。私達サッカーファミリーの力を集めることです。具体的にはまず、この問題について考える・議論する・行動する時間を増やすことです。例えば仕事時間の1%を充てるだけでも1年間で約19時間になります。市・県のサッカー協会やサッカー関係者のみなさん、よろしければ一緒に考える場を持ちませんか。現状を共有し、一緒に必要なことを考え、可能性を拓いていけると幸いです。最後に。今年3月、岡山県の子どもから届いた2025年の意気込みを共有します。  「サッカーしたい!誰よりも」